放課後

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 「佐々さん」
通路を図書室へ向かっていると、間下仁志に呼び止められた。
葉子の連絡先は公開されていない。
――あのあと、数日学校を休んでしまった葉子に――1日は養生をして、あとは防衛
軍から別件で“お呼び出し”されてしまったため。
なのだが、級友たちは具合が悪いんじゃないかと心配したそうだ。
「連絡、取れなくて」
あぁ、と彼女は思う。ごめんねと言って。
「いや――お礼と、お詫びを言おうと思っていた」と間下。
「話、する? どこか行こうか」と佐々は返して。
 図書室へ向かう途中にある中庭のベンチに腰掛けた。少し肌寒いとはいえ、まだ冬
には間がある。

「貴女は、武をよくご存知だったんですね」
聞いたのか――と佐々は思った。それとも、自分で調べたか。
「あぁ」
と頷いて。ふだんの口調になる。
「貴女がまさか……あのヤマトの。実際に乗られた一人だとは」
深く思い込むように間下は言った。
「俺は…自分がとてもそこに近いような気持ちでいて。乗ったわけでも、知っている
わけでもないのに。ただ、武を通じて。なんだかそれを誇って−−驕っていたような
気さえする。…あいつを避けて、忘れようとして。見なかったのは僕自身なのに」
佐々は黙ってその間下を見ていた。

 「――揚羽は、一緒にヤマトで飛んだ仲間だ」
仲間。
その言葉に間下は顔を上げた。
めったに感情を表さない、静かな彼女の言葉に、何らかのものを感じたからだ。
「俺は……小さい頃からずっと武とは仲がよかった。一緒に育ったみたいなものだ」
「一人っ子と聞いていたが、兄弟のようなものだったんだな」
「えぇそうです」
一つ違いの従兄弟同士。親同士も行き来があり、本当に一緒に育った。
「でも、あいつにあって俺にないもの――それが沢山あるような気がして、だんだん
一緒に居るのが息づまるようになって」
 離れたのか。
 その気持ちはあの素直な坊やには理解できなかっただろうな、きっと。
ワンマン経営で知られる揚羽蝶人。その関連会社を任されているとはいえ、間下の親
たちはきっと、親戚兄弟というよりは部下としての扱いしかされなかったであろう。
その中で総領息子として期待され、あらゆる条件を与えられて育った武と、それを見
続けてきた仁志。
「だから、あいつがその恵まれた条件の全てを捨ててヤマトに志願した時――俺は
もうどう考えて良いのかわからなかった」
 違うんだ――と佐々は思った。
揚羽武。本当に真っ直ぐだった、若者。

「揚羽は、天才だった」
佐々は目の前の青年が宿す彼の面影を思い出しながらそう言った。
「彼は――選んだんじゃない。選ばれた、んだ。運命に――地球と、多くのものに」
え、と仁志は佐々を見返した。
「もちろん彼の意思もある――ヤマトに乗ったのは。ずいぶん横槍が入って古代も
苦労していたからな。だが」
揚羽は、選ばれたのだ。山本明や、加藤三郎と同じように。
戦うべく−−翔ぶべく、運命づけられた男。
「――天才だったよ、本当に」
 シャープな走りと抜群の飛行センス、その実力は山本以来ともいわれた。
飛ぶこと以外に何も考えていない、しかし心根の優しい純粋な若者。
だからこそ、シャルバートのルダを愛し、愛されて宇宙に散った――。
 揚羽の最期を知っている? と佐々は問うた。
 およそは――ヤマトの危機を助けるために、敵砲の中央を撃破・特攻して死んだ
んでしょう? 
土門竜介、といったっけ。直接には、武の訓練学校での親友――あいつを助けるた
めに。
 本当のことは例によって知らされていないのだろう。シャルバート教の喧伝に使わ
れてもいけないし、AGEHAからの横槍もあっただろうから。
「揚羽は――シャルバートの姫と愛し合っていた」
え、と間下は問い返す。
「ヤマトに彼女を収容して、秘められたシャルバート星へ向かった。なぜヤマトに
その異次元の門が開いたと思う? 彼らの、若者たちの心が通じたから。その時、
艦長から護衛を命じられ側に付いていた揚羽とルダの間には、恋が芽生えていた」
「なんてことだ――」知らなかった、と間下は言った。
 純粋な若者だった。デスラーが彼に贈った言葉があるんだ。
え、あのデスラー総統が? そんなヤツだったのか、武は? と驚いて。
 重力砲が次々と艦隊を無力化していき、一旦終わったかにみえた戦いの前に、地
球の絶滅は必至かと思われた――その重力砲に、向かっていった時、彼は「ルダ、
私は貴女を愛します――」と言った。
……それは数機の併走していたコスモタイガーしか聞いていない。
インカムに突然飛び込んできた声。揚羽の、穏やかで、潤んだ声――続いて、
四郎の「揚羽! やめろ! 行くなー! バカなことをするな!!」という必死の
静止の声が飛び込んで間もなく――光芒が宇宙に広がった。
 「……地球の少年が命がけで咲かせた美しい花だ。私たちはその犠牲を無駄に
してはならない……デスラーはそう言った」
佐々は続けられなくなって言葉を呑んだ。
その様子を、宇宙そらを飛びながら私たちも見、共に在ったのだから。

 そうだったんですか。

 間下は考え込むようだった。
「間下くん――何故、揚羽と自分を比べるの?」
佐々は改めて彼に向きなおる。
宇宙そらを飛び、宇宙そらに散ることは、彼の――揚羽の命だったし
運命だった」
そう、ほかの多くの航宙機乗りたち――私も含めて――と同じように。
「彼は、それなしには生きられなかった。だから、AGEHAの総帥として生き残るよ
り、はるかに彼らしかったと思っている――ご親族の皆さまには不幸なことでしょ
うけれどね」
 そうかと間下は唇を噛んで。
「だけど間下くん、貴方は違うでしょう。その優秀な頭脳と実行力で、何でもでき
る。ましてや地球の科学力を担う企業の一旦にかかわっている、生まれながらにし
てね」
もう一人そういうヤツを知ってるなと心の中で思って。
――南部。一介の戦闘士官でありながら、それだけで終わりはしないやつ。どんな
力を使っても、逝ってしまった仲間たちが守ろうとした想いを、きっと古代たちと
一緒に引き継いで担っていくだろう、財閥の御曹司。
 どう生きてもいいんじゃないかな、と佐々は伸びをしてそう言った。
 だって、今は。人生が選べるんだもの――私だってこうやって、戦時中にでき
なかった勉強しにきてるくらいだから、と笑った。
 あぁそうだね、と間下はようやく明るい顔になって。
「武の話が聞けてよかったですよ――これからもまた、時々。聞かせてください」
えぇ私で話せることなら。
と佐々はにっこり笑って立ち上がるとそのまま図書館へ向かった。



 
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