air icon 目覚めて、地上で。
・・・おじさま・・・


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= 2 =

 「よう、古代」
防衛軍本部の科学局を訪ねた古代進に、真田は笑顔を向けた。
 毎日毎日、多忙が続いている2人である。前の戦いと異なり本土決戦はなかったため、 実質地球は手付かずで残されていたが、防衛軍機構は再び麻痺寸前まで叩きのめされていた。
 「長官は――この際。いろいろ洗いなおそうと考えておられるようです」
古代はほかに人の入ってこない真田のミーティングルームのパネルの前で、 何も隠す必要のない相手にそう漏らした。
――それについては真田志郎の方がより多くの機密を預かっている。 古代は地位からすればその立場にないが、長官直属の幾つかの指令を受けており、 そのために立ち回る部署にいた。
「しばらくはまた真田さんと一緒に仕事することになりそうですね」
「……そうだな。ん? なんだ、それがイヤなのか?」
努めて真田は冗談口で切り替えすと
「あっは。まさか」
古代は笑ったが、その笑顔にはもはや出逢った頃の屈託の無さは無い。
――21歳。この若者はその人生のあまりに初めに置いて苦悩を……重責を担い、 そうしてそこから決して逃げまいと決めているのだ。そう思うと、その兄である親友の運命と共に、 哀れでもあった。


 「古代――」
 真田は彼の肩に手を置き、ぐ、と力を込めた。
「真田さん?」
古代の方はそれとは気づかず、明るい目を向けた。
「古代。……話が、ある」「?」
何人かしか知らない事実だ。お前には残酷なことだが、 これからのことを考えれば知ってもらわないわけにはいかない。お前は、 ヤマトの艦長代理だからな。――遠からず後任の艦長が決まるが、 それまではお前が預かることになるだろう。
 「俺は相変わらず“ヤマトの古代”ですか」
苦笑するように古代は言い、あぁそうだと真田は答える。
「現在、極秘ドッグで修復中だ。――まぁさすがにいま“極秘”にする必要はないのだがな、 もしも、ということを常に考えなければならないのもヤマトだ。 おそらくこの修復が終わって新たな乗組員が決まるまで何回かの訓練航海を行ない、 新乗組員のもと……お前が、艦長になる」
「真田さんっ!!」
ありえない、と古代は首を振った。いくらなんでも、主力重量級戦艦の艦長に、 20代は無理だ。――いくらヤマトの乗組員が破天荒で、一度は謀反まで起こした、 とはいえ、彼らだとて公務員であり官人なのだ。
 「いや――ヤマトは特別な艦なのだ。“平和の象徴の戦艦”――まぁキャッチフレーズからして、 矛盾してるがな」と真田は笑い、「そう持って行くつもりなんだよ、お偉方は」
「真田さん…」
 だからヤマトは、第13独立艦隊を解かれ――おそらく。戸崎さんか是枝さんの艦隊に組み込まれる。 土方さんになるかもしれないが、あそこは主力艦隊なのでな、現在、調整中だ。


 「古代……」
 真田はまたじっと古代を見た。その裏で、動かさなければならないものがある。そうして、 そちらが本道なのだ。お前には辛いだろうがな……。
 いったい、何を?


 そうして、連れて行かれた先で、古代は驚愕するものを見ることとなった。


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 「そういえば古代――澪の件だが」
科学局の奥まった一角へ向かう通路を歩きながら、真田は話しかけた。
「はい。真田さんには申し訳ないのですが、是非、私が引き取りたいと思っているんです」
「そうか……」
 現在、入院中の真田澪=サーシャ。現在は真田の養女むすめである。 退院後、戸籍上は親子である真田家で暮らすか、実の叔父である古代の許で暮らすか、 そろそろ決めなければならなかった。
 いずれ官舎であることには代わりなかったし、体質や体の変化も未知数のため、 本来ならば真田家の方が安心でもある――ただ、真田が家へ戻れない日も多いため、 寂しい想いをさせる可能性が高い、と案じてもいた。
 本当なら手許に引き取りたい、それが当然だと思っていた真田であったが、 古代がどうしてもと望むのなら、古代家に預ける・・・ のも仕方ないかと思うのである。


 だが真田にはそれにも一抹の不安がある。


 古代進が若い、それも魅力的な男だということだ――もちろん、古代の方に妙な気分もなければ、 澪を姪として・・・・、肉親として愛していることは明白だったが、 イスカンダルで生まれ、その歴史と知識をDNAと記憶の中に深く刻み込まれた澪は――果たしてどうだろうか。
 たとえ義父であろうと、父として澪の感情の揺れに気がつかないものでもない真田である。
 (――加藤(四郎)だと思っていたのだがなぁ…)


 加藤が如何に澪をかわいく思っていたとしても、加藤にも想う相手(片思いだが)がいる。 だが思春期の揺れる想いは複雑で、そういう若い時代を過ごしてこなかった真田には、察することが難しい。 また自分はそういう分でもないとも思う。
 古代も孤独の時期が長い――いまは婚約者のユキが居るとはいえ、身内の情愛とはまた格別なものだ。 あの事故以来、近親者を持たない真田にもその気持ちはよくわかった。


 最終的には澪の意思を尊重しよう。――古代も真田も結論はそうである。


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 「ここだ――」
円形の壁はするりとして、そこに何かがあるとは一見わかりにくい。
 施設の奥へ奥へ入っていったはずが、もしかするとそこは外へ直接つながる場所なのかもしれなかった。 壁のひと隅を操作するとボタンが現れ、スキャンされた。 そうして2人の目の前に現れたBOXに足を踏み入れると、それは遥かな地下に向かって降下していく。


 たどり着いた白い部屋の中に鎮座していたものを見た時、古代は――いや、彼はその情報を最初、 受け容れることを拒否した。
「う、うそだ――まさか」
まさかと思った。
 「うそではない……」
 その大掛かりなポッド――枝が出、チューブが這う中心に多くの機械に包まれた水溶液、 その中央に据えられたもの、あれはどうみても人の、脳。
「――あれが、古代守だ」
 ぐ、と嘔吐感が古代の胸に突き上げたが、それも一瞬だった。
目は上のその姿に釘付けになり、ポッドに駆け寄ろうとして、真田に止められた。
「触れてはいかんっ! 登録されていない者が近づけば、抹消される」
「……さなだ、さん」
 古代は呆然とした目でそれを見上げたまま、動きを止めた。
(――死んでは、いない……って……。生きているとは、言い難いって、こういう、ことか)


 がくりと膝をついた古代の伏せた顔、その髪の間から水の筋が伝った。
「……にい、さん――本当に、兄さんなのか?」
微かに言葉が漏れる。
《ソ・ウ・ダ――ススム、カ。ワ・タシハ……オマエ、ノ……ア・ニ、ダ》
「――古代」真田が呼びかけたのはそのポッドに向かってだった。「……無理をするな。 今の状態ではまだ、会話は無理だ」
 真田は進の方へ近づきながらまだ膝をついたままの彼の腕を引き上げた。
「まだ脳だけでいろいろなことを成すのに慣れてないのだ。――こちらも研究途中でね、 会話を組み立てるのは、非常に消耗する――体が無いだけにたいへんに辛い。 なにせ休むことができないのだからね」
「……そん、な――残酷な」
真田はいいや、と首を振った。
「もう少しすれば、休むことも合成された君の兄自身の声を使って話をすることもできるようになる。 現在はただ、意識のシナプスを繋ぎ合わせ、生命維持に必要なものを蓄積しているところだ」
そうしてその膨大な記憶層を失われないようにデータベースにつなぐ……人の脳とはなんと、 それ自体が宇宙かと真田は痛感していた。
 「――何故、兄さんをっ!」
古代進は怒りの目を、その科学局の責任者に向けた。
「――必要だからだ。地球には、《いざという時の》ためのものとして、データと、 イスカンダルから得た科学、そうしてヤマトと。……この男の力が必要だったのだ」
 「真田さん……あんた、兄さんの親友だったんだろっ! なんでこんなっ!!」
「――守と相談して決めたことだ」
真田の冷徹な口調は崩れない。どのような感情が内部にあったとしても、 外からそれを類推できる要素は何もなかった。
「真田さんっ」


 その時、目の前にある小さな電光掲示板に、文字が浮かび始めた。
《シンユウ、ダカラダ――サナダニナラ、スベテヲタクス――シンジ、ラレル》
(!)
《ススム、スマン。ナニカラハナシテヨイノカワカランガ、コレハ、オレノイシデモアル。
――サナダカラキイテクレ》
(−−兄さん)
古代はただ呆然とその目の前のものを眺めた。
 電光掲示板は沈黙のあと、短い言葉を吐いた。
《……さーしゃハゲンキカ》
 「……病院にいる。元気だよ、兄さん」
古代の声は柔らかく響いた。少し涙ぐんで掠れていた。「――ユキがみてくれてる。もうじき退院できる。 ……僕が、引き取るよ」
《ソウカ――ヨカッタ》
 それだけ伝えると、文字盤は沈黙した。


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 古代守の脳を生かす――戦闘で、体が利かない身になったとは聞いていた。 九死に一生を得たとも聞いていたが、二度と人前へ出られる体ではないと伝えられ、 それはどういうことなのだといぶかってもいたのだ。
 「このことを?」
ハッチが閉じ、ポッドが静穏な状態に戻ると(これが現在の処、脳の“休息”に当たるらしい) 古代は強張ったままの表情で振り返り、真田に問うた。
「あぁ――長官と、一部の科学者・幹部だけだ。時期が来れば島にも伝えることになろうが、 当面は、お前と私だけが知っている。――もちろん澪には伝えない。……わかるだろう」
こくりと古代は頷いた。
――やつの経験、戦闘能力、頭脳そのもの、そうしてイスカンダルの記憶。潜在能力も含め、 それを組み込んだシステムを作る。本人が苦しい想いをしないよう細心の注意を払うという約束の下で ――俺が直接の指揮を執る。そうして、二度と踏みしだかれることのない、 地球を作らなければならない。
 「だが……残酷だ。……あまりに、惨い」
く、と古代進は拳をにぎりしめ、また顔を伏せた。
「――わかります、貴方の立場も。願いも、ね」
そうして顔を上げ、静かに厳しい目で――出逢ってから信頼して過ごしてきたこの間に初めて、 というような厳しい目で真田を見た。
 「だが――もう一つの可能性も、考えてらっしゃるんじゃないですか」
「もう一つ?」
「……人の、進化と未来。――人間という生物と精神のものが、いったいどう発展できるか」
「古代っ」
 いいや、と古代は首を振って、そのあと、何も言わなかった。厳しい目で真田を見つめたままだった。 辞去するまで古代は、もう二度と口を開かなかった。


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この作品は、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の同人創作ものです。

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