air icon 目覚めて、地上で。
・・・おじさま・・・


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= 7 =

 警察では簡単な聴取で終わった。
サーシャ・澪の事情を了解している担当がやってきて、様々な手続きを取ってくれたからだ。 彼女を襲った男たちも素性はだいたい絞られるが、これは警察の手に渡すわけにはいかず、 文句は言われたがそれも護送されていった。


 サーシャは夜になっても古代に口を利かず、押し黙っていた。
 「お腹が空いたろう? 夕食、少しだけでも食べなきゃ」
家に用意されていたものを温めてそう声をかけても、ソファに座ったまま押し黙っている。
「サーシャ! いい加減にしろ!!」
 古代もついに困り果て、そう言ってしまった。


 「叔父様……いえ」
 古代は自分の怒りにも驚くと、表情を変え、するりとサーシャの座るソファの目の前に立った。 向かいに腰を下ろし、手を握って古代はジッとサーシャを見つめる。
 愛情が伝わらないわけはない、俺はサーシャを(姪として)愛している。兄夫妻に代わって、 命がけで護ってやろうと思っているのに――どうしたらいいのだ。
 古代進とてまだ二十代半ば。17の娘の前で、父親代わりができるはずも無かった。


 「ススム――ごめんなさい」
サーシャは小さな声で自分の手を握っている叔父を見返し、言った。
「違うの……逢いたかったの。少しでも、離れているのは、不安で、イヤなの」
本当ではなかった。
 サーシャはユキに妬いたのだ。ユキと一緒にいるだろうススムを取られたくなかった。 だが、口を次いで出たのはそんな言葉だった。
 「サーシャ……」
進はそのままサーシャを抱きしめた。かわいいサーシャ。どうしたらいいんだろうな、 だが、だんだん家族になっていけばいい。俺は、君を護ってやる。
 それが、古代の浅はかな思いだということに、彼は気づいていなかった。


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 その夜のことである。
 夜――疲れ果てたサーシャはすぐに眠ってしまった。
それを古代は寝室に確かめ、そうして自分も寝に行った。睡眠薬代わりにブランデーを一杯だけ飲んで。
 そうして、安らかな眠りが訪れていた深夜――微かな気配に闇の中で彼の感覚は目覚めた。
 (誰だ――また誰か襲ってきたのか!?)
だがこの家のセキュリティを突破するには相当な技術が必要だ。警報も鳴っていない ――知己の人間か? だが鍵を持っている人間なぞいないはずだ。


 暗闇の中をベッドに近づく気配があり、古代はタイミングを計ると動く間も見せず、 すっとその手首を取って、自分のベッドに押し付け組み伏せた。
「きゃぁっ!!」
 その途端、上がった悲鳴は――「サーシャ!!」
パジャマ姿のサーシャがそこには居た。
「おじさまっ」
一瞬、びっくりして手を緩めた間にそこからすり抜けて、サーシャは進の首に両手を巻きつけ、 唇にキスしてきたのである。
 「叔父様――ススム。好きなの……サーシャは貴方が好き。ユキさんなんかに、あげたくないの」
熱い息と、やわらかで華奢な体に迫られて、戸惑いつつも古代はその肩をやんわりとつかむ。
「サーシャ……サーシャ。ダメだよ、なにをするんだ、やめなさい……サーシャ…」
 これぐらいで揺らぐ古代進ではなかった。
ただ、困惑だけがある。
「――どこでこんなことを覚えた。……君と僕は血がつながっている。叔父と姪だ――それに、 そんな真似をするには君はまだ若すぎるだろう」
暗闇の中、若い娘の柔らかな体を抱きとめながら。
 古代とて若い健康な男子なのだ。クラりとしないはずもない。だが、困惑の方が大きかった。
 「――何故? イスカンダルでは普通よ? 地球のことも学んだけど――遥かな昔は、 あたりまえだったって――実の親子でさえなければ……関係ないっ」
サーシャは古代の首筋に髪を埋め、唇を寄せていやいやをした。
「サーシャ……やめなさい」
「いやっ。叔父様は私が、サーシャが、嫌い?」
「――好きだよ、サーシャは可愛い俺の姪だ。だが、そういった意味では俺には愛している女がいる。 君だって知っているだろう?」
 姪だから、血が繋がっているから、と言って納得することはないのだ、と古代はようやく理解した。
自分には愛する女がいるから、別の女を愛することはできないのだと。それが最愛の姪であろうと、 女性として愛してやることはできないのだ――そう言うべきだと古代は悟っていた。
 「ススム――ダメなの? サーシャでは、だめ?」
「サーシャ。やめなさい」


 だが。
 しつけの問題もある。
 男の寝室に深夜、忍んでいくような娘に育てた覚えは――って俺、まだ何にもしてないぞ。
「サーシャ、やめろ……いい加減にしなさい」
「ススム――」
ひくっと体を起こしたサーシャの肩を、古代は手で起こした。
 「…それも、止めなさい。“ススム”じゃないだろ?」
「……」
ひくっ、ひくっ、と涙が流れて言葉が出なかった。
「出ていきなさい――そうして、ゆっくり眠るんだ、サーシャ」
有無を言わさぬ、静かな古代の声。……ヤマトの中で聞いた、あの声だった。
「一緒に、寝ては、だめ?」
「ダメだ!」
古代は声を荒らげてそう言った。たとえ“子どもの添い寝”でも、ダメだ。サーシャが今夜は、 報われない思いに温もりを求めているだけだとしても。……寂しいだろうが、 慣れてもらわなければならないのだ。俺が、生身の男で、 お前を男として愛してやれないということにだけは。
 しずかに立ち上がったサーシャは悄然と古代に背を向けた。戸を開けて名残惜しそうに廊下へ出る。
「――冷えないようにな。ゆっくりお休み」
古代はそう声をかけたが、サーシャは答えるでもなくそのまま扉を閉めた。


 (サーシャ……いったい……)
 姪が出ていった闇の中で、古代は呆然と自分のベッドの上に座り込んでいた。 甘やかな匂い――サーシャの発していた、明らかに女の匂いは、古代に戸惑いを抱かせる。
(―― 子ども、ではなかったのか!?)
これまでも、冗談ごとで済ませてきたつもりはなかった。だが――精神的なもの、 愛情を求めすぎるが故の擬似恋愛感情ではないかと半ば信じていたのだが。
……あれは大人の恋愛を求める行為である。――イスカンダルの文化は、 地球上とは異なるのかもしれなかった。数少ない人間で、 惑星ほしの命脈を繋いできたのだ。 早熟で、そうしてその一生は、人間ひとより遥かに長いといわれているガミラス −イスカンダル人種たち。
 (サーシャ……)古代は苦悩する思いだった。


 酒の一杯でも飲み、様子も見てこようとガウンを羽織り、部屋の外へ出ようとした時だ。
 外に気配があった。
(サーシャ!?)
慌てて見ると、エアーバイクの音である。
「ま、まさか――」この夜中に? あれだけの想いをしたあとだというのにっ!! 慌てて走り出たが、 間に合うはずもなかった。
 サーシャの姿は夜の闇の中に消えていた。


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 エアーバイクを走らせる、という発想に古代は驚いたが、大慌てで心配のあまり四方に連絡をする、 ということにはならなかった。
 セキュリティは外していたので信号でのサーチはできない。
 だが、サーシャの部屋からは生活用具一式とデイバッグ、防備などが消えており、 俗にいう「プチ家出」なのではないか、また彼女は案外冷静に判断したのだろうという想像もついた。 バイクに乗っていったことからしてもそうだ。
 まさかそのまま旅に出てしまうとは思われなかった。


 行きそうな場所は三箇所――この地上に、それしかない。 そうして其処に連絡を入れようと思った途端に、古代の通信機が鳴った。


 「真田さん……」
『――古代』
「そこに、いるんですね」
『……あぁ。どうした、お前たち』
「――本人から聞いてください。申し訳ありませんが……しばらく、預かっていただけませんか」
それが一番良いのだろうと古代は思った。サーシャが選んだ場所だ。真田なら、彼女を庇護し、 そうして道も見つけてやれるのだろう。少し寂しいが……古代には無理だったのだ。 彼女が自分を恋する限り。しばらくのことだ――と。
『――少し興奮しているんでな、今日はともかく休ませるよ。明日、庁舎で会おう』
「はい……夜中にすみません。よろしくお願いします」
『あぁ……俺にとっても義娘むすめだ』
「そうでしたね――真田さんの、娘でしたね」
 古代はそう言って、スイッチを切った。


 脳だけになった実父・古代守。そうして生まれてから戦いに出るまでを慈しんで育てた義父・真田志郎。 ――俺は? 実の叔父の古代進、俺は……。
 ただわかっているのは……時間が必要だ、ということ。
 自身のこともまだ処理しきれていないのだ、と古代進は思う。離れて戦っていた間のことも、 ユキのことも。俺自身がどうすべきかということも、だ。
 暗い窓辺に古代は立った。
 月は隠れ、ただ、常夜灯の淡い光だけが、官舎の外に続いている夜だった。


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 それから真田サーシャ・澪は、真田志郎の家にいる。
イカルスに居たときのように、ごく自然に、仲睦まじく親子らしく。
 あの翌日、訪ねていった真田は古代に言った。事情は了解した、といった上でだ。
「古代、お前は自分を大切にしろ。ゆきも大切にしてやれ――」
お前は十分戦い、そうして喪った。澪もまた、そういった中にあって、 お前たちはお互いにあまりに求めすぎるんだよ、と。――それは真田にも覚えのある感情だったのだ。
 古代の中には、あの日以来、真田に向け以前とは異なる感情が生まれていることを、 彼自身否定はできないでいる。兄・守――それがまだ処理しきれておらず、 ついよそよそしい態度にもなったが、真田はそれを受け流した。
「澪は俺の娘だ――少なくとも、地上の戸籍上ではそうなっている。養子、という扱いだがな」
「真田さん――」
 もちろんそれは戸籍上のことで、実質は現実に合わせて……2人の気持ちや立場に合わせて、 変えていけばいいんだ。本当に俺はそう思っているよと。


 「古代、お前はまず自分を大切にしろ――」
真田は再びそう言った。そうして安定してからでなけばサーシャは任せられない、とも。
 古代は頷くしかなく、
「サーシャ……澪を、よろしくお願いします」
そう言って、辞した。


 「ユキとはいつ結婚するんだ?」
別れ際、真田が声をかけた。「――さぁ…」
 古代にはわからなくなっている。ユキは大切で、愛する女だ。常に一緒にいたいと思い、 離れていた間の様々な不安も、哀しみも、埋めてやりたい、埋めて欲しいと思っている。
「……わかりません」古代の口から零れていた。「わからなくなりました」
「古代…」
「でも。おそらくしばらくしたら、一緒に暮らすと思います――俺たちはもう、一人では生きられない」
 太陽系内惑星艦隊への配属が間近に迫っていた。
その事実を、真田は知り――古代はまだ、知らない。


 そうして以降、サーシャ・澪は、真田の家で幸福な数年間を過ごすこととなるのである。


【Fin】


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――2009/10 Jan, 2011


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背景画像 by「幻想素材館 Dream Fantasy」様

この作品は、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の同人創作ものです。

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