airアイコン 火星の誘惑

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(2)

 ――美人、というわけではないが、目鼻立ちのはっきりした、はきはきと
した印象の美形だ。四郎の好みでは、ある。
(きっと仕事もできるんだろうな)
渡された書類と、打ち合わせ時の様子を見て、そう感じた。
まぁ実際に働いてみなければわからないが――。
「残念ですが加藤さんの秘書には別の者がつくんですよ。私はご一緒にプロ
ジェクトを組む室長の事務官としてお2人の仕事を手伝うことになりますの
で」と話した。
 店はなかなかゆったりしたフロアに間接照明のきれいな、不思議な空間。
お洒落でもあり、だが格式ばっているというわけでもなく。
もし親密になりたい男女がいれば、それは相応しい落ち着きと雰囲気があっ
ただろう。
「予約入れておきましたわ――」
店に着くと、もしかしたら常連なのかもしれない、フロアマネージャーが丁
寧に隅の1席へ案内した。もちろん人工的ではあるが中庭が造られ、その向
こうに火星の月――フォボスが望める良席である。
 「ワインになさいますか――」コンシェルジュが言うのに、「お薦めは?」
と問い返す四郎も、ずいぶんこういう場には慣れたなと思う。
「今日は地球産の良いものが入っております――特別に出させましょう」と
言われ、頼むよと返した。
「地球ほどではありませんけども――宇宙帰りの戦士の方にはご満足い
ただけるようにお出ししますよ」と。
こんな時、加藤四郎もそこそこ顔を知られている自分を自覚するのだ。
特に基地関係者の出入りする店であれば。
 国枝は、食事をする話し相手にはなかなか良質のパートナーだった。火星
基地の様子や、人の出入り、仕事のことなど、話しすぎるでもなく、過不足
なく。明日逢えるだろう南部参謀とも現在は一緒に仕事をしているらしく、
数時間前までこの基地にいた戦艦アクエリアスのことも。
「古代艦長はお元気でしたか」
「お会いになってませんの?」
「あぁ、ほとんどね。もう半年くらいは――ヤマトを降りてからは機会も
少ない」
俺は戦闘機乗りで、あの人は戦艦の艦長だ。どちらも宇宙そらに出ていれば、
会う機会もないよ――残念だけどね。
「お好きなんですね」と言われるのに、
「あぁ――とても。尊敬しているし、こういってはおこがましいけどね。
親友だと思っているよ」
よくわかります、と言って、少しうらやましそうな顔をした。
 君も古代に憧れている口?
いいえ、と野菜をフォークで口に運びながら彼女は言う。私は――そういっ
てチラリと四郎を見た。


 食事はなかなかイケたし、それに感謝して四郎はそこを出た。まだ時間は
早かったし、彼女は奢るといったのを「お誘いしたのは私ですから」と許し
てくれなかったので、それでは今度は僕が奢るからともう1軒行くことにな
ったのは自然な成り行き。
 四郎の泊まっているホテルの最上階にあるバーが、なかなかの火星の名所
と知って、そこへ足を運んだ。
――世間の目、というものを気にしないという意味では、四郎も古代や佐々
のことは言えないのは、それでもわかる。

 で、君、なぜ僕に声をかけた?
少し酔いが回ったところで、四郎はそう切り出してみた。真っ直ぐに話をし
てもキツくならず、相手の警戒心も呼び起こさせないのは人柄というか彼の
持つ性質のせいだろうか。
相手もつい心を許してしまうので――まぁ好かれても仕方ない、という自覚
は彼にはない。
「あら。――貴方に憧れている女は多いですよ」
 ほどよく年齢相応の顔を見せるようになった彼女は、少し伏目がちにそう
言った。
「元宇宙戦艦ヤマト戦闘機隊長――現在、地球防衛軍、第3戦闘機隊・機動
隊隊長。エリートで姿も素敵で……独身」
カラン、と氷を鳴らしてそう言った。
「……ぼくは」
「わかっていますよ。――恋人が、いる。そうでしょ?」
四郎の手を押さえて、ふっと見上げる様子は、20歳ときいた年齢に見合わ
ず色っぽさと幼さがないまぜになって、四郎でなければくらりときそうなも
のがある。
何故だ? ――お堅いエリート事務官。こんなプロジェクトに噛んでいるの
だから、非常に優秀だろうと想像もできる。
 固まっている四郎を見て、ふっと前を向いてまたグラスに戻った。
「私、ね。――結婚していたんですよ」
「え?」と四郎は驚いた。まだ充分に若い。
「今年21になります。18で結婚してね――ひどい男でしたわ。20になる
前に、別れました」「君……」
それでか。年に似合わぬ雰囲気は。
 聞かせるでもなく、ぼそぼそと話した。
「家を早く出たかったの。……誰でも良かったのかもしれない」
家に何か。…ふと、恋人のことを思った。独立して、自分の力で生きていき
たいと、14歳で戦士の途を選んだ激しい女――。
そんな風に生きられる女は多くはない。
「デザリウムの後――貴方に少し似ていましたわ」
「それで、僕に声かけたの?」
ううん、と彼女は首を振った。
「未練なんて、ありゃしません。好きだったのかどうかも忘れてしまいま
した。――たまたま家から連れ出してくれた…それだけ」
そんな不幸は目の前の女性には感じられない。
 「ヤマトの人たちには、昔から憧れていたんです」
10代前半。――兄の後を追って訓練学校へ入った自分にもそういう気持ち
がなかったとはいえない。一家中軍人や軍関係者の家で、それが当然の環境
としてあった自分は。たまたまそのまま後を追ったけれども。
――ガミラスの放射能と魔手から地球を救ったヤマト。
そのリーダーの一人を兄に持つということは、自分自身にとってどれだけ
憧れであり、誇りだったか――それがまた訓練学校に入ってからはプレッ
シャーでなかったとはいわないが。
「…そういう人も多いかもしれない、ね」
肯定するでもなく否定するでもなく、四郎はそう返した。現実に、そういっ
てアプローチしてくる女も少なくない。
「えぇ……でもきっと。貴方が思っているのとは別の理由だわ」
くすりと笑う。
その様子が謎めいていて、駆け引きをしているように見えなくもなかった。


 「貴方は――その方を、どのくらい愛してらっしゃるの」
突然、これまで口に出さなかったことを言った。
佐々葉子のことは知る立場にいるだろう、そこまでそれを無視するように、
来たのだから四郎は驚いた。
「え……あ、あぁ」
恋人がいる、ということを隠すつもりもない四郎である。
「男の人は――1人の女じゃない相手を同時に愛せるものなのかしら」
独り言のようにそう言った。だが、そこまでの妖しさとは別に、口調はどこ
となく真剣。
「……わからない、な」
実際、そういう事例は枚挙にいとまがない。戦闘機隊員たちは一様に奔放か、
純情一直線かの両極端なことが多く、また複数の女と付き合う人間が必ずし
もトラブルを起こしているわけではないというのは宮本や以前の南部などを
見れば明らかだ。
「加藤さんは、どうなんですか?」
「俺?」……わからない。
 会えない時間の方が長い恋人――しかも。彼女に惚れる男は少なくないだ
ろう。佐官クラスのおやじから若い候補生たちまで、現に自分が彼女に惚れ
た時はまだ学生だった。
その間、魅力的な女性に会わないわけではないし、向こうからアプローチか
けられることも稀ではない。――正直、心が揺らぐことがないではない
22歳の青少年である。
「だけれど…いつも1人の女が心の中にいる、ということをわかって付き合
う人っていうのはいないだろう」
と四郎は言った。誰しもが、自分だけの相手でいてほしい。
「そんなに、お好きなの?」と不思議そうに。
「……というよりも。ただ俺は、追いかけて追いかけて――ここまで来た」


 
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