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・・・80日すぎ・11歳 羽アイコン


 このところ、加藤四郎は真田澪に、付きまとわれていた。

 「おい、澪。山崎のおじさんだって真田のお義父さんだっているだろ。なんでここん
とこ俺ばっかりなんだよ」
四郎は澪が可愛かったが、急激に娘らしくなってきた少女に四六時中付きまとわれ
ていたのでは、健康な青少年男子、困ることだってあるのである。
「お勉強、終わったの?」と四郎がきいても
「終わった」とニコニコして横にひっついている。得意とはいえない(それでも兄貴よ
りはマシだが)頭脳労働をしている四郎としては、あまり側に居られたくないかも。
 「おい、四郎、お前、“若紫”決め込むつもりか」溝田はからかうし、
「あ〜、言いつけますよ、あの人に。俺もらっちゃいますからね」
と山口はここぞとばかりに突っ込む。
「うるせ〜。俺のせいじゃない、ついてくるのはあっちだ」
「お姫様はやっぱり、しろ兄ちゃんがいいのかな――」
と溝田は今度は澪に話しかける。
そんな騒音はどこ吹く風、と聞き流していた澪は、
「ん〜?」と澪は首をかしげて溝田を見ると。
「お兄ちゃん? もちろん大好き」と無邪気な爆弾発言をしている。

 四郎に次いで、といったら本人は悔しがるだろうが、澪とは仲良しな山口は
「澪ちゃ〜ん、お兄ちゃんとも遊ぼうよ。飛行機乗るかい?」と牽制するが
「ごめんね、ぐっち兄ちゃん。澪、ここがいいの」
と、相変わらず工作室の大テーブルで図面を調べている四郎の横にぴったりくっ
ついたまま、それを覗き込んでいる。
 「……おい山口。あまり澪に戦闘機に興味なんか持たせるなよ」
「加藤、それ、まるで親父」
「タイガーに興味でも持って戦闘機乗りになりたいなんて言い出してみろ……」
面白そうに回りは騒ぐ。「いいじゃないか、澪ちゃん、俺たちと一緒に宇宙飛ぶ?」
四郎は初めて顔を上げて、
「……ばっかやろう、そんなことしたら俺が真田さんにブチ殺されちまわぁ」
 それは心底怖いかも、と思うコスモタイガー見習い隊の面々であった。
 とはいえ、四郎の澪を見る目は優しい。
「……疲れないか? お兄ちゃんは勉強があるからね。何か飲むもの持ってきた
ら?」 「飲みたいの?」と、澪。
「ジュースなんかあると嬉しい」
「はぁい、わかった〜」と従順な妻よろしく自販機の方へ…。
「おい、四郎、贅沢もの」
 う〜ん、と四郎は思う。
あの娘はたしかにかわいいが、どうやら興味を持っているのは……
「これ、らしいんだよな」
と四郎は自分がひっくり返していたコスモタイガーの設計図とパースを持ち上げた。
(血はつながってなくとも、真田さんの娘か――)
 四郎は笑顔で両手にジュースを運んでくる澪を見返した。
「皆さ〜ん、休憩よ! 大サービスで皆の分もあるからねっ」
ニコニコとトレーを抱えていた。

 血よりも強いつながり、というものがあるのかもしれない。
 真田澪、君の実父が怒らないことを祈ってあげよう、と四郎は内心苦笑しながら、
それでも少し嬉しく思った。
(君の設計してくれた戦闘機なら、オトコは誰も命預けちゃうだろな)
はい、とジュースを差し出した澪の頭に手を乗せて微笑む四郎。
きょとん、と見つめてくる澪がとても愛しかった。

 本当はその手に戦争のための工具など持たせちゃいけない。
 そうしないために、僕らは此処にいたいと思う。
四郎の胸の裡に、“戦い”以外の目標が生まれた瞬間だったかもしれなかった。

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