・・・100日ごろ・13歳くらい
再び小さな、だが明らかに高機能とわかる艇がその小惑星に降り立ったのは、 加藤四郎たちが此処へ来て100日ほど経った頃だった。 澪は見かけ上13歳くらいにまで成長しており、このところ急激に少女らしくなっ てきて、訓練生たちはますます目が離せなくなってきている。 子どもであり少女であり、また女性。そういう思春期の揺れが、戸惑わせるのだ。 しかも、澪は無邪気で天然、相変わらず連中を振り回してくれていた。 「ほぉら、幸っ! こっちよ!! 負けないんだから」 シミュレーションパネルの中を動き回る彼女は、まるで兎のようなすばしこさで 「ちっくしょう!」17の少年のパワーでも追いつけない。……追いかけっこの ようなものだが訓練生側にしてみれば真剣で、“敵の捕虜”役の澪をつかまえな ければ終わらない。 『おい、幸。−−お前の負けだぞ』 四郎の声が響いて、『まったく。第7期生代表として恥ずかしくないのか、お前』 「そ〜んなこと言ったってさ。お前いっぺん追っかけてみろよ、まったく…」 『救助エリアに逃げ込んで、追跡人Aの、負け。脱走完了!』 「ちぇ…」 ヘルメットを外して溝田はシミュ室から出てくる。 「すばしっこいったらないんだしなぁ」 四郎は笑いながら、銃が互いに使えないんだからあんまり実践的じゃないよな、 と思わないではないが、それもまた一つの訓練ではある。 『訓練生・加藤四郎、溝田幸! すぐに宙港に来いっ!』 その時、スピーカーから呼び出しがかかり、2人は顔を見合すとさっと立ち上がり、 駆け出した。「おい、澪ちゃん−−真田くん」「君は呼ばれてないでしょ」 えへへ、と笑いながら黄金の髪をなびかせて一緒に走ってくる。 ふぅ、と苦笑すると2人は宙港へ急いだ。 「やぁ、久しぶりだな」 小型機から降り立ち、目の前に立っていたのは、 「「古代参謀!」」 2人が声を揃え、敬礼するのに、澪は目を丸くして後ろに佇んでいた。 「……サーシャ……澪、か!? は、こりゃ」 驚いたな、と颯爽と降り立った印象はどこへやら、すっと澪に近づき、 その腕に包みこんだ。「お父様……」くぐもった澪の声が聞こえて、 「まさか、出迎えてもらえるとは思えなかったよ……」しばらくそうしていたが 「真田」と顔を上げて四郎たちの背後から近づいてくる人に声をかけた。 「……無事着いたな。よろしく頼む−−頼んでいいのか、本当に」 あぁ。娘から体を離して、古代守はそう請け負い「準備はいいかい?」「えぇ、 お父様。先に行ってますわ」といい駆け去っていく澪を横に、2人の方を向いた。 「加藤、溝田」古代参謀の声はヒトを無意識に従わせる響きを持っている。 「はい」「はいっ」−−怒鳴る、というのではないが、身体が自然、反応する。 「真田がしばらく此処を留守にする。……その間、此処は私が預かることに なる。今は一旦、彼らを月まで送っていくが、課題を残していくからな。なに、 こなすのに丸一日はちょうどいいだろうからな」ニヤリと笑うのが人悪げ。 は? 目を白黒させる2人。 「そういうわけだ。……俺は確かに実戦経験もあるが、戦闘のプロじゃない。 その点、この古代は宇宙の果てでの戦闘から巡洋艦、駆逐艦、大砲、作戦 指揮と、現在の地球じゃ最も経験豊富な戦闘指揮官だからな。そろそろそう いう相手に鍛えられるのもいい時期だ」 真田の言葉に、2人の背中に汗が流れる。 とりあえず、案内してくれ。2時間後に出発するまでに指示しておくから。 乗ってきた高速艇の整備に1時間半。その間『宿題』を呉れようというのだ。 「真田、澪の準備ができたら声かけてくれ」「あぁ、わかった」 −−こういったところ、情け容赦ない親友同士だというのは前回の事件で身に 染みている2人である。顔を見合わす暇もなく、慌てて古代参謀に続いた。 (to be continued...) |