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・・・6か月め・15歳 羽アイコン


 ぴ、と微かな音がして、演習講義中のパネルルームの戸が開いた。加藤四郎が
振り向くと、入り口に、うっすらと光を帯びた髪をして、少女が――立っている。
涙で乾いた目をして。
(澪――何しにきたんだ、こんなところへ!)
内心、焦ったが、ばらばらと訓練生たちも気づくのへ、講義に立っていた山崎教
官へ目線で継げて、「すみません、ちょっと」と。たたっと講義を放り出して、そ
れへ駆け寄った。

 「澪ちゃん――どうしたの。授業中は近寄っちゃいけない、って言ってあるで
しょう」
通路から隔てた側面展望室――なのだろう、小さな空間のある休憩室へ連れ出し
て、厳しくならないように、だがいけないことはいけないこと、と諭すように。
「ご、ごめんなさい」ぐすぐすと涙を流すのは、この娘にしては珍しいこと。
 体はもう15歳程度には育っていて女性といってもいいくらいだ。まだわずか
18歳の四郎にしてみれば、こうやって肩を抱いて慰めるのはそろそろ限界かなと
思ってみたりもする。甘い匂いが鼻腔を突いて、つい、どぎまぎしてしまったの
では、子育て失格だと自責するが。
 「どうしたの――何かあった?」
「ん……」だが澪の精神はまだ幼子のそれで。実年齢にしては、真田の教育のた
めか、血の所為か、また王家の血筋か、大人びてはいるものの。それでも時々幼
子のように、甘えたり自身をコントロールする術を持たない。
「お義父さまが……お義父さまが」としゃくりあげるのは、そうか。だから真田
ではなく、俺のところへ来たかと納得もした。――義父と意見が合わず、叱られ
て飛び出したのだろう。行く先は、狭いこの艦内に、あまりない――。
「真田教官が、どうしたの」
「絶対に、ダメだって――」「……なにを?」要領を、得ない。
 四郎の腰を、目を上げて指差す。その差す先には、コスモがンがあった。
(え――これ、か)。

 娘に銃を持たせたいなど思う親はいない。ましてや、大切な一人娘、最後の姫。
親友から託された大切な命。
 体を鍛えたり泳いだりだけでなく、体操やダンスに加えて。最近では体練の訓
練も始めてはいた澪である。主に、太極拳と空手に近い技を。体を組み合わなく
ても、自分を守れる最低限の術を――この講師には、山崎教官がなった。訓練生
の中にその技に熟知している者がいなかったことと、まさか若い男どもと澪を取
り組みさせる気持ちにはならなかったというのが、真田パパの本音ではないだろ
うかと思っている。
 柔術までは教えるつもりはない――と真田教官は言っていた。
 が。
 もっと体を近づける前に、危険を回避する方法があると――射撃。誰もが気づ
いていながら、澪に銃を持たせることを、誰が喜ぶだろう?
「俺が守る――父さんも守ってくれるだろう?」
言ってもそれは甲斐がない。
「澪は、いやよ――自分は、自分で守りたい。私も、義父さまやお父さまを守る
の」
 こんな環境にいれば、その考え方は必然だっただろう。
 守られているだけの姫ではない――それは、育ての父である真田を見れば、そ
して何よりも、古代家の血は――脈々とそのために流れていて。患者の命を助け
るために誠心誠意尽くした祖父母と、地球侵攻が始まった最初の頃から生命を賭
して戦ってきた実父と。そして、ただ一人の妹の命を犠牲にしてこの星を救った
母と、それに応えるために若い人生の全てを捧げてきた叔父と――。その、血を
受けた見事な娘、澪。
 「絶対に、ダメだといわれた――」澪はしゃくりあげるように、また泣く。
「困ったね」と返すしかなくて。
「しろ兄ちゃんは、どう思う? 反対?」
いや、と四郎は答えて。――親として娘に戦闘の基本など教えたいものか。戦え
れば、危険の降りかかる機会は増え、またその技量が戦いを招く。だがしかし。
 澪の環境で、自らを守るために。その技術はないよりもあった方がよいのでは
ないか――冷静に考えればそうだ。自分一人の身を守るためにも。躊躇なく判断
し、逃げるためにだけでも。
「しろ兄ちゃん――」
 「わかった、だから涙をお拭き」と四郎は優しく澪に言い聞かせて。
「お義父さんに、話してみようね――」うんと、目を上げて頷くのに。

 そして、澪は。
 頑強に、拒んでいた真田も――冷静になれば、それが正しいと知っており、た
だ感情と、守への良心が咎めただけ。
「古代には恨まれるかもしれんがな――」
自嘲気味に、それでも口の端を上げて皮肉に微笑んで。
「やるからにはきちんと学べ――人を殺すためじゃない。自分と、大切な人を守
るためだけに。あとは、お前次第だ」
 父として。真田は澪にそう言い聞かせて、澪はきっぱり頷いた。
 「わかったわ――ありがとう、お義父さま」
首に手を回して頬にちゅっと口付けして。その手にコスモガンを握らせて真田は。
「基礎は俺が教えよう。――加藤、暴走しないように見張っててくれよ」と苦笑
して。
はい、と四郎は答える。
 その日から、澪の教育項目に、一つ。射撃が加わった。

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