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・・・3か月め・澪 11〜12歳 羽アイコン


 ……か〜っ! 右上方2時の方向から敵第一艦隊。……前方300宇宙キロに本体
らしき機影で、その後方から1分後に、敵艦載機隊出撃可能性。後方には護らなきゃ
ならない惑星と人々(つまり、避けても後退してもならない)、か……。
突破口は左下方だけど、ここへ突っ込むのはヤマトの捨て身旋法で−−ひゃぁ、特
別な場合を除き不可能。なんだよ“特別な場合”って……なに? [操舵手がSおよび
砲術手がN、さらにオペレータが特別シフトA−O−Mの場合]……このアルファベット
って特別固有名詞だよな、、、調べなくてもわかる。Sが島大介、Nは南部康雄、Aは
相原義一、あと太田健二郎、森ユキだ。
 実際にやったって? うぁ、2パターンあらぁ。だけどこんな艦載機隊って…ムチャだ
よ、兄貴。……ぜってぇ兄貴だな、こんなシミュレーション組んだの。
 そうならないようにするには……緒戦で艦載機隊により敵前面を叩けばいいんだよ
な。そうすれば50秒の死角が出来ない−−ごいん!

 「いってーな! 誰だ邪魔すんのわっ!!」
シミュレーションに没頭していた加藤四郎は、それでもその見事な反射神経でひょい
と相手をかわし、腕でぐっとこけそうになったのを掴まえていた。頭は打ったけど。
「いやっ、もうっ!」
じたばたして体を起こしたのは、澪だった。
 「もう、考え事してるとアブナイわよっ。それでなくてもしろ兄ちゃんってば石頭なん
だから。ただでさえ艦内通路は狭いんだからっ!!」
ぷん、と腰に手を当ててたちはだかる表情はいつものちょっと生意気な娘。だけど、
なんだか印象が?? 違う……あれれ。洋服の所為か?

 うふ、と小首を傾げた澪は、笑顔になるとぱぁっとその場で一回転してみせた。
ふわりと拡がったスカートの裾が風を起こし、金色の髪と共に残像になって鮮やか
な印象を目に残した。
 「へぇぇ……澪ちゃん。似合うよ、とてもきれいだ……」
 たとえ相手が幼児だろうと(もう澪は幼児ではなかったが)女性に対する褒め言葉
ならするりと出てくる加藤四郎である。
「その色は初めてだね。でも新鮮でよく似合ってるし、デザインも上品だ」
感心したように、ちょっと眩しそうに目を細めて、澪はさすがに無邪気にはしゃぎ続け
るわけにもいかず、少し頬を染めて目を伏せた。
 「あの……私、きれい?」「あぁ、とってもかわいくてきれいだ」
四郎にしてみれば思ったことを口から出しているだけだったが、
「おい加藤。……褒めてくれるのはありがたいが、あまり行き過ぎないようにしてや
ってくれ。聴いてるこっちが赤面する」
 バリトンの少し掠れた(でも澪が大好きな)声がして、「お義父さま!」「真田教官」
真田志朗がその場に現れた。そう言う真田も目を細め、なんともいえない表情をして
いる。だが。
「澪、嬉しいのはわかるがこれから講義時間だろう? 着替えてきなさい−−」
肩に手をやるのを澪はすこしおねだり目で見上げた。
「もう少し……着ていたいの。加藤さんも褒めてくれたでしょ? 私、今日は1日これ
で居たらだめかしら?」
そんな目でかわいく懇願されて断れる男がいるんだろうか? と四郎は思ったし、
教練も、実習さえしなければ別に私服でもいいじゃないかなぁ、と普段、規律には
わりあい厳しい四郎もそう思ったのだが、
「だめだ。着替えてきなさい。それは週末のパーティ用だろう?」
厳しい声を作るようにして真田が言い、四郎は内心少しがっかりしながらも
「ね、澪ちゃん。また着て見せておくれよ。今日は時間だからね、ほら」
と、なだめる役に回らざるを得なかった。

 澪は急に押し黙って不服そうである。口では「はい…」といったが、今にも泣き出
しそうに目が潤んでいる。よっぽど、この服を着たかったのかな?
 「しろ兄ちゃん、あとでね」
そのまま身を翻すと、「お義父さまなんて、嫌いっ!」そう言い捨てて飛び出して
いってしまった。「お、おい、澪ちゃん−−」
四郎が手を伸ばし、真田が肩をすくめて四郎を見た。
 「フォローが大変だな」「……はぁ」
彼は手に持ったシミュレーションブックをポケットに仕舞いながら言った。
「女の子って、そんなにきれいな洋服が着たいものでしょうか?」
「そうなんじゃないか」と真田は言うが、「俺にはわからんけどな……だけど」
訓練学校にそんな格好で行くわけにはいかんだろうが。それに男ドモの目もな。
あぁ、そういうことか。

 自分が目を瞠るくらいだ。
 ただでさえの美少女。5〜6歳の時もあんなに可愛かったのに、最近急激に、
本当に綺麗になってきて、ときどきはっとするほど大人っぽい表情もする。
ふだんはころころと笑って、表情のよく動く丸い目が魅力的だが、時折考え込ん
だり、じっと見つめられると自分でも思わずドキドキするのだ。
 娘みたいで、妹みたいな、だけど。

air line

 「しろ兄〜ちゃんっ」
 訓練生の服(とはいえ特別あつらえだが……体が成長途中なので)に着替えた
澪が、ガランとした教室室で机に向かっていた四郎のところへひょこと顔を出した。
「あぁ、着替えたんだね。いい子だ」
そのまますとん、と前の席に、反対向きに座ってしまう。
「ねぇしろ兄ちゃん」「ん? なんだい?」課題から顔を上げて四郎は問う。
その目にじっと見返されて、ドキリとした。先ほどのパールグリーンのドレスが目に
よみがえり、細い首と白い襟元が何故か焼きついたように残っていた。
 「あれね。お父様が送ってくださったの」
「古代参謀が?」うふ、とちょっと潤んだ目で澪は言った。
「……お父様の趣味じゃないわよね、きっと。どなたかに選んでいただいたんだ
そうだけど、きっとセンスが良くて素敵な方ね」「澪ちゃん…」
 「お願いがあるの」
「なんだい?」四郎はまた課題に戻りながら言った。
「あのお洋服…」「次のお誕生会のプレゼントなんだろう?」
四郎はペンを動かしながら。
「それはそうだけど……ね」
「ん?」また顔を上げる。
「あれ着て、一度、“デート”っていうのをしてみたいな」
四郎はガタン、と椅子から立ち上がった。「なっに〜〜!」デートだってぇ!?
 許さん! と一瞬、本気で思ってしまったというのは内緒だ。俺はこの子の親で
もなきゃ保護者でもない……だがもう12歳? くらいかな、そろそろそういう年頃
……って、!相手は誰だ?
 「ねぇしろ兄ちゃん?」
立ち上がったまま、笑っている澪にもう一度肩を押し付けて座らせられて。「あぁ」と
答える。「ね、どこか此処の外のどこか。ね? 連れてって」
(−−え? 相手って……オレか?)
ほっとしたようなびっくりしたような。
 四郎は想像する。あのワンピースを着て、ふわりとした表情で隣を歩く澪。そうだ
な、草の感触がサンダルの下に柔らかくて、風が吹いていて。青い空が広がって…
…いや宇宙の星でもいいけど。
 澪は笑顔がかわいい。花が咲いてるといいな、前にクレヨンで書いてくれたみたい
に。たくさん、たっくさんの花。
 「なぁ澪ちゃん」「ん? 連れてってくださるの?」
「あぁ−−地球に行こうよ」
「地球? お父様のいらっしゃる処? お義父さまや、しろ兄さんが育った惑星」
「そう。四季があって花が咲いて、風が吹いて、鳥が鳴いて。海には魚が泳いで、
潮の香りなんかすごいんだぜ」
シミュレーションやCGで擬似的な体験はいくらもさせてもらっていた。
「あぁいうのが、本当にあるのだって、そうなんでしょ?」
あぁ、そうだよと四郎は言う。
「−−もう少し経って来年の春くらいにはね。約束、しよう、連れていってあげるよ」
「わぁ、それは本当の“デート”ね?」澪の笑顔が輝いた。あぁ、この娘を地球の
優しい自然の中に、遊園地でもいいや。連れていってあげたい。子どもらしく一緒
に、楽しく遊ぼう。……その隣に一緒にいる自分を想像して、四郎は少し戸惑った。

 ふんわり、と髪の感触がし、え? と思った時には、柔らかな温かいものが頬に
触れていた。
「み、澪ちゃん…」
えへ、と顔を離して彼女は少し照れたように笑う。
口の横、頬との境目に……キス、か? あれは。
「お約束−−してね」真剣な声だった。「とても、楽しみだわ」
真剣で、楽しげに。そしてきらきらした瞳で見つめてくる少女……。
四郎は思わず、引き込まれ、手を伸ばしそうになって慌てた。
(−−サーシャ……)この娘を。そうだ、地球で行こうな。皆と。君の両方のパパと
叔父さまと。大事な人たちと一緒に。
 四郎は意図しない反応をする自分を持て余しながら、心はふんわりと澪を見つめ
た。いつの間にか、課題を進める手は止まっていたが。
「ねぇ? だから、ね。学校終わってからでいいわ、お散歩よ?」
 へ? と四郎は戸惑う。−−あ、そうか。
どうしても“デート”からは逃れられないわけ。

 その夕刻が過ぎた頃−−食事を終えた四郎と澪の姿が皆の前から消えた。
……とはいえ。
 『いいか、危険な目に遭わせたら承知しないぞっ』真田教官の声が耳に残る。
『……Fエリアの地形は覚えたな? それと細密図。……ここと、それから此処に
は入るな。……こっちは少し開けているがな、危ないからな』
『時間は、2時間以内だぞっ。それより遅れたら捜索隊を出すからな』
『……30分に一度、定時連絡を入れろ。でないと不行状と見做すっ…』
 この小さな惑星で、真田の目を逃れられる部分など、無いのであった。
 お蔭で小惑星のあちこちのエリアの様子なんかはわかったけど……いいの
か? 俺。
 四郎はそれでも、お姫様をエスコートして、その日の夕刻を過ごす。
(楽しそうだからな、ま、いいか)

 加藤四郎……女難の相。
 その後、彼が。柔らかな彼女の髪や、その瞳を思い出して、悶々としたかどうか
は、誰も知らない。
air line

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