【暗黒系10の御題2】より

      window icon二重螺旋の落とし穴。


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 「真田さん、何、見てるんですか?」
いつもの自分の部屋ではなく、資料室のデスクに座ってホログラフィを眺めている真田志朗
工作班長を見つけて、島大介はそう言った。
「――見てわかるとおりさ」
「DNAの二重螺旋、ですね」
「TGAの連鎖、だな」いくつかの操作をしてそれを様々な光の色に染めていく。
しばらくそれを眺めつつしていたが、手を離して息をついた。

 そういえば、「どうした、島。珍しいな」
と、真田は椅子に深く背を凭せ掛ける。
航海班長が工場に降りてくるというだけでも珍しい。島はあまりうろうろするたちではなく、
第一艦橋か第二艦橋か食堂、訓練室または自室。そのどこかで必ずつかまる、という程度には
生真面目な男だ。工場の、そのまた奥にある真田の私室まで訪ねてくるというのは特に珍しいと
いえた。
「真田さんが此処だって聞いたんで、ね――」
「何か、用か」
「用がなければ、会いに来ちゃいけませんか?」という声に真田が振り仰いでみると、苦笑する
ような笑顔がそこにあった。
 ワープまで時間があるんでね。今はアナライザーが動かしてます、と天井を指差す。

 デスクに腰掛けるように尻を落として、腕組をする。18歳という年齢の割に大人っぽいのは
古代と対照的だともいえる。
「真田さんが何故そんなものを眺めていたか、興味ありますね」
 島大介は油断のならない口調でそう言うと、まるで雑談でもするというように唐突に言い始めた。
「――この艦(ふね)、物凄い組み合わせパターンのDNA情報乗っけてるって、本当ですか?」
目を伏せていた島がその黒籐の瞳を向けると、それは笑っていなかった。
 「何故、俺に聞く?」無表情のまま、真田は答える。「――答えられると、思うか」
その視線を、島は挑戦的な目で受けた。

 いや、口実ですよ。
外人がやるように両手を拡げて見せて、今までの真剣な口調は嘘だったように島は言った。
(――この…)

 島大介という男は、見かけどおりではないのだ、そんな気がした真田である。
鋭いくせに、その鋭さを隠してしまえる賢さがある。バランス感覚があり、熱血のくせに、その
バランス感覚が“事なかれ主義”に見せることすらあった。航海班という職業柄、突出していこう
とする古代のブレーキを買って出ているため、もあったかもしれない。
 だが。
 (何を、考えている? 島)
まっすぐ見た瞳の黒さが印象的だな、と真田は思う。――そういう風に島を考えたことはなかったが。

 「ヒマなんだな?」
 微かに首を振って、手をまた広げる。「そんなわけ、ないでしょ」
「そうだな」
意味のない言葉のやり取り。
「――このふね、秘密だらけ、って気がすんですよね。……ここだけの話」
真田はゆっくり目を上げて、島の視線を跳ね返した。
「ほぉ? 何のことだ?」
「真田さんて、最初からこのプロジェクトに噛んでらしたって本当ですか」
「あぁ、まぁな――」
 第三ドッグの技師長だったはずが、突然ある日呼び出されて別命を受けた。
 『ヤマト計画に参加せよ』
と。――内容も知らされず、製作目的と、それに見合う技術の提供だけを求められて。
そして最終段階に入った時に――。
 知りたくて知ったわけではなかった。

 その後、イスカンダルからの使者を得て計画は大きく変更されたが……そのどのくらいが破棄
され、どのくらいが残され、どう変更されたか……誰もが全体像を知ることはできない仕組みだ。
当然のことだろう――なら、黒幕は、誰だ? 
そして真田は、その実行部隊の中に居る。
 「そういえば、お前たちだったな――イスカンダルのポットを発見した訓練生は」
「えぇ」
島は頷いて少し遠い目をした。
火星の赤い砂と赤い風が、もう遥か遠い時空の出来事のように感じられた。


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 「アトランダムな遺伝子情報の組み合わせ、なんてものはあり得んよ」
真田はまた立体像をONにすると、その二重螺旋のモデルを眺めた。
「――あり得ない?」
「あぁ……島」
「はい」なんでしょう、というようにやはり横から同じようにそのモデルの光を眺めながら島は
答える。
「――お前、軍に入る時に遺伝子情報提出したろ?」「えぇ」
正式に軍人として登録された際、個人情報として検査と記録が義務づけられている。
2170年に施行された「個人情報不可侵条例=別名、プライヴェート法」のために、それが本人の
許可なく公開されることは無いとされていたが、公務員や研究所職員においてその実際が有名無実
だということは周知だった。
 「完璧にDNAをコピーして、クローン体に埋め込んだとして、同じ人間が出来るわけじゃない…」
真田が言うと、
「後天的特質取得と、社会的・環境的素因、というやつですか」
「あぁ……まぁな」それだけじゃないけどな、と真田は口の中で言った。

 「『記憶』の問題もありますね」
「――いや。その“記憶”こそが重要なのさ」
「記憶、こそ?」
「そうだ。記憶――人としての経験や感情の歴史が毎瞬間毎瞬間判断を促し、未来を作ってい
く――それが“人生”というものだと認識しとるがね、俺は」
「……」
島は黙り込んだ。

 「――落とし穴、ってとこですか」
「ん? 何か言ったか?」
「二重螺旋にも落とし穴がある、ってことですよ」
「――なにも、DNA本人の過失じゃあるまい」
ぷ、と島は笑った。「DNAに人格なぞありゃしません」
「どうかな?」
 人も動物も、DNAが子孫をつないでいくための器だ、っていう考え方が20世紀にあったのを知って
いるか? もちろん、それは学説的に否定されたわけだが、今でもなんとなくそんな気がすること
すらあるよ。人類の繁殖力を考えるとね…。
 「――真田さん」口調を変えて島が言った。
「ん? なんだ」
「有機的タンパク質――要するにDNA情報を組み込んだクローンに、完璧な記憶を埋めてやる。そう
いうことで保存された人類がいたとして…」
「島」
「――居たとして」
「あぁ……お前の言いたいことは、わかるが」
 それが、本当に人類の継承といえるのだろうか。
島は顔を上げて再び真田をじっと見た。
真田はそれを数秒、真剣に見返すと、ふっと苦笑して顔を振った。
「信じる者は、救われる――んじゃないか?」
「何が言いたいんです? 真田さん」
「俺たちが、成功するっていうことを、だよ」

 島大介は立ち上がった。
「そうですね。――お邪魔しました」
手を軽く上げて挨拶する真田を残し、島の姿が扉の向こうに消える。
 (――迷うなよ、島)
でき得る限りの、可能性の最多を用意し、最悪の場合を想定し……そして様々な対処法を考えて
おくのがわれわれの役目だ。
そして、与えられた条件の中で不可能を可能にしていくのが奴らの仕事なら、どんな状況からも
可能性そのものを作り出していくのがわれわれ――科学者の役割なのだろう。


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 われわれ自身も情報なのではないか。
 記憶を持ち、形質を持ち、そして、思考する。

 (――負けるわけにはいかない)
負け続けてきた自分たちの世代が、わずかとはいえ成功の可能性を与えられている。
これを少しでも拡げ、より確実にしていく。

 ヤマトはイスカンダルへ向かっている。
前方には深い闇と、微かな星の輝きが、拡がっていた――。

Fin
space clip


――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO

注★この話は、フィクションです。生物的基礎的な事柄については創作ですので
事実または本編TVアニメの設定とは異なる場合があります

綾乃
Count004−−20 May/10 June, 2008


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背景画像 by「十五夜」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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