【暗黒系10の御題2】より

      window icon汚れきった服は水に沈めた。


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 目の前――足の下には廃墟が広がっていた。
宙に浮いた自分たちの家――戦艦もすでにボロボロで、この惑星の淀んだ大気の中に
浮き続けていられることすら不思議でしかない。
どこか見えない艦の奥底で、もしかしたらすでに誰かが役割を思い出し、疲労と倦怠、
などという言葉では表現できない喪失感の中からも、何とか蘇生の道を探り始めてい
たに違いなかった。

 そんな中。
古代進は意識を取り戻すと憑かれたように体を起こし、上へ上へと階段を辿っていった。
 傍に森ユキが居たのは偶然だっただろうか――いや、必然が必然を呼び、互いがこの
最も凶悪で自分たちが罪に堕ちるべき時に――それを知るべき時に、互いの相方として
互いを選ぶしかなかったのだ。
 この時、共にあったことこそが、この先の2人の運命を決めた。
それはまた地球の運命が、かの手に委ねられた瞬間だったのかもしれない。

air clip

 あちこちから噴火の残滓がたちのぼっていたが、それはもう命を宿してはいなかった。

 (――ガミラスの人たちは、どこへ行ったのだろう)
若い2人のリーダーたちを影から見送って、先輩たる男の腕の中から体を解いた佐々
葉子は、その時、初めて気づいたかのように外を見た。
ヤマトを覆う遮蔽膜は回復していた――誰か、おそらく工作班の誰かが気を利かせた
に違いなかった。艦そのものがボロボロで、外から硫酸や放射能の混じった空気が
流れ込めば、致死に至らないまでも残された人間たちにとって良いわけはないのだ。
 誰もが当たり前のことをやり、誰もが任務に従った。
結果としての、これ――。
 そしてあの人たち――古代進と森ユキには、ヤマトの行く先を導く義務がある。
 そして我々には――1戦闘機隊員にすぎないとしても、ヤマト乗組員として、生き
残った我々にもまた、やるべきことは残されているはずだった。
「……いつまでも、こうしていたらいかんな」
宮本暁の声が耳元で柔らかくして、佐々は微かにうなずいた。「……あぁ。――飯が、
食えるかな」振り返ると宮本が少し驚いた顔をして表情を崩した。
「さぁな――だが、何か作ってもらうか見繕うさ」苦笑するようにして肩をすくめる。
「腹が減ってはいくさができぬ、っていうからな」
いくさなら、もうしただろ?」冗談のように佐々が返すと、
「そいつぁそうだ」宮本も笑った。
 何となく顰めていた声が笑い声に変わり、大気のがらんどうの中に響くような気が
した。

 その時。
「おぅ、こんなとこにいたのか――」
通路の入り口に立ち止まった懐かしい声。佐々は思わず心臓がトクり、と跳ねるのに
気づいた。振り返った時の表情を、宮本も加藤三郎も忘れることができない。
安心と、喜びのないまぜになったような……半分泣きそうな。彼女がそんな少女らし
い表情を見せたのは、搭乗以来――つまり出会って以来だったからだ。
 「隊長――生きてた、の」
口はそう動いたようだったが、言葉にはならなかった。
加藤三郎はいつものように動じない笑顔を見せると佐々に近寄り、その手を取った。
握手するように。「お前たち、生きててよかったな――嬉しいよ」
本当に嬉しそうに2人を見るのだ。
「飯、なんとか用意してくれたからな――幕の内さんたちが。食堂に集まって、とり
あえず班ごとに点呼だ」
「はい……作業は?」
「工作班は修理始めてるさ。ヘタってるヒマもなしってやつで。真田さんてのぁ、ば
けもんだな」と笑ってみせるのに、真田班長も無事だったのかと胸を撫で下ろす2人。
 ふと佐々は気づいた。
「大槻は?」
加藤が答える。「――無事だ。さっそくさっき怒鳴りつけられたよ」
彼女らしいと佐々は思った。
 死体の処理をしなければならなかった。
生きている傷病者の手当ての手は足りるのだろうか? 食事が済んだらそっちに回っ
た方が良いだろう……若干の看護の知識のある佐々は思う。
それよりもまず、BT隊の連中の安否だ。

air icon

 通路にはまだ人が――人の形をしたものや、もとが人だったものが散乱していた。
明るくはないのが救いでもあり――瓦礫と剥落した破片の山。
だが、艦はすでに胎動しており、微かな振動が、工作班が作業を開始したことを告げ
ている。
山本明も無事で――伊勢佳子も生き残ったと言った。砲塔を手伝って吹き飛ばされた
者も居ないではなかったが、実際には出撃しなかったBT隊に死傷者は少ないはずな
のだ。ただ、共に戦った。砲台に伏して亡くなった者たちもいた。
艦橋メンバーも失われていない、すでに島や真田、徳川、南部は各班を指揮して修理
箇所の点検、人員の確認などを始めているのだという。
 「古代はどこだ?」加藤が問うのに、佐々が答えた。
「外――そして上に行った」
そうか。……答える加藤は言葉少なに。

 もう少し加藤と居たかったし、加藤と話したかったが――彼はリーダーの1人として
忙しいらしく、そのまま「早く食堂に来いよ」と言い置いてまた駆けていってしまった。
その心中にどれだけ安心が兆していたか――もしかしたら宮本には想像できたかも
しれない。

 食堂へ向かう佐々と宮本に、戦後、初めての艦内放送が響いた。
『――艦長代理、古代だ…』
微かに歓声が上がる……砲塔が沈黙し、戦いの音が途絶えてから、初めての声だっ
たろう。『古代だ……皆、無事か?』
古代の声が、いまさっき、目の前で憔悴し、その前まで共に戦っていた同僚の声が
なんと懐かしく心に沁みた。自分だけだろうか? 佐々は思ったが、ふと宮本を見る
と彼の表情からもそれが感じられた。――生き残った。ヤマトは、生きていたのだと、
そして古代の声は静かに、だが優しくそれを包んだように思われた。
 『……艦長からの言葉を伝える。――皆、よく戦った。われわれはイスカンダルへ
向かう。各人、怪我・傷病等の申告をし、各班長は人員の点呼と損傷箇所の報告を
せよ。補助エンジンの回復次第、ガミラス本星の外壁から宇宙へ出、ただちに修復
作業に入る。修復完了次第――イスカンダルへ、向かう』
声にならないどよめきが艦内を満たした。
『――そうだ、イスカンダルだ。……われわれは大きな罪を犯した』
古代の声は淡々としていて淀みがない。19歳の青年の言葉とは思えなかった。
何ものかが古代の口を借りて、話しているのではないか。通路から伝声管を見つめる
佐々には、その向こうに居る古代進と森ユキの姿が見えるような気がした。
……血を流している。流しているのは心だ。
私たちの手は血にまみれているが、それでも。行くしかない――そして、行くことは
希望であり、喜びなのだと、今は、信じたいのだ。
 『だが、われわれは使命を完遂しよう――失われたガミラスの人々の命のために
も。われわれを地球で待つ、人々のためにも。力を取り戻し、イスカンダルへ向かう』
そして業務連絡が続いた。交代で休憩と食事を取りながら、修復箇所の修理を急い
でくれと。エンジンが航行可能になり次第、ガミラスから離れる、と。

 古代の言葉が切れると、艦内が急に動き始めるのがわかった。
われわれは生きている――だからこそ。進まなければならないのだ。

 体は泥のように疲れていた。
心もまだ、麻痺したまま……。
だが、食事をし、シャワーを浴び、そうして少し眠ろう。
それから。また旅立つのだ、われわれの犯した罪を負って。

 「汚れきった服は水に沈めた。」
「ん? 何!?」
佐々は宮本がつぶやいた声に反応した。
「――俺たちの過去、すべて。戦いそのものも、な」
「うん…」
「水の――ガミラスの硫酸の海に沈めて、そうして行っちまおう、ってことさ」
「調子いいわね」
「あぁ……俺たちは大罪人だからな。調子が良いくらいで、いいのさ」
「――何億人、死んだんだろう」「さぁな」
「地球人と同じくらいかな」「どうだろうな」
 だからこそ、俺たちだけでも助かってやんなきゃな、そうじゃないか? ん?
と宮本は佐々の顔を覗き込んだ。
「そうだ、ね……」
近付いてきた体に包まれるように壁際に寄って、それでも彼女は肩に手をかけ、それ
を押し戻す。密着するのを避けるように。
先ほどまで、その腕の中にいた時間も確かにあったのだが――正気に、戻ったかな。
それとも……やっぱり、加藤あいつの所為かな。宮本は思う。
 ふいと体を離すと、宮本は佐々の肩をぽん、と叩き、
「行こう。食いっぱぐれる」と言った。
あぁそうだね、と彼女も感情を振り切るように歩き出す。

 ヤマトの新しい――本当に新しい朝は、始まったばかりだった。

Fin
eden clip


――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO
注★この物話は、NOVEL 「YAMATO2199/ガミラス本星での死闘」 ラストシーンに続きます。
佐々葉子も宮本暁もオリジナル・キャラクターですが、この2人が
どうしてこういう怪しい状況だったかも、本編をお読みください。

綾乃
Count010−−15 July, 2008


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背景画像 by「十五夜」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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