【欲しがる想いに10】より

      window iconたとえ引き返す道があったとしても。


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= 短章 =

 ぐおんぐおん、ぐおん……。

 この通路の裏側は機関部エリアにあたる。厚い装甲に護られていても、腹に響くような
その低音は止むことなく ヤマトいのち を伝えているようで、それを感じたいと思った時、彼は
時々此処へ来て、そうして来し方を眺めながら佇むことがある。

 「久しぶりだな」
 ふと声がして、戦闘機隊長――加藤三郎がそこに居た。
 そうだな、と返して、島大介は振り返り、窓に背を向けて明るい目を向けた。
 「第一第二艦橋に詰めっぱなしだろ。同じ艦内にもう何ヶ月もいるってのにな、めったに
会わねぇ」そう言う加藤に、ふっと島は笑う。「そうだな」と言って。
 「そっち、どうだ?」
学生時代と変わらない、柔らかな声音が問うた。
戦闘機隊うちか? あぁ……なんとかやってるさ。知ってるだろ?」
大きな戦闘が終わったばかりだ。短かったから――今、出た連中は束の間の休憩をむさぼ
ている。後始末が終わり、シャワー浴びたあとようやくデータの整理を終えて、少し落ち着
きたくて…の艦内散歩中、という加藤である。
「そうだな。……古代が言ってた。BTはチームワークがいい、加藤のお陰だ、って」
「阿呆。なに、いまさら」
少し顔が赤くなったかもしれない。

 茶でも飲むか?
 艦内時間は深夜に近づく手前だろう。2人して並んでゆっくり通路を艦尾の自販機がある
あたりへ向かう。

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 思えば訓練学校生時代はけっこうツルんでいたというのに、ヤマトに同乗してからは会う
機会そのものがあまりなかった。同じ艦に居ても、艦橋と艦底――その動き方と部署の
違い。第一艦橋にあってヤマトの行く先そのものを定める操艦長であり、第二艦橋で航路
を作成の指揮に当たる航海長である島。戦いが起これば母艦を護り、真っ先に外へ飛び
出していく。未知の空域を手探りするヤマトの水先を払い、戦いにあってはその“外”こそ
が職場となる戦闘機隊長。平時にはその腹の中で息を潜めて牙を研ぐ――または、眠る。

 ふっと顔を見合わせてどちらともなく笑った。
 学生時代に戻ったような気がしたのだ。

 艦内放送で聞く島の声――『ワープ、30分前』『……これより、××へ突入する』
――全艦放送で聞く声は、たいがいが艦長か古代班長の声だったが、時折、シフトによ
り島の時もある。その緊張感のある声は、この目の前にある同期・島大介のイメージと
異なり、全艦のトップの一人として、この旅を統べる責任と立場に満ちていた。
 ――あぁ、がんばってやがんな。ワープに奔走しながら、そんな風に思うこともある。

 「なぁ、ここだけの話…」
トマトジュースもどきをぐい飲みしながら、加藤が声を顰めるように言った。
「航路のどのあたりまでわかってんだ? イスカンダルから地図、貰ってんだろ」
「あぁ……」
島が茶をごくんと飲み干す間、加藤は黙っていた。
「――言えねぇなら無理しなくていいよ。俺ぁ別に、そんなこと気にしてるわけじゃない」
慌てて顔の前で手を振りながら加藤は言う。
「……俺たちぁ、敵だ〜って言われりゃ飛び出してって叩くし、どっからそいつらが来るの
かとか、性能とかそういう資料集めるのは仕事だけど……艦がどこへ向かって、どのくら
いかかるかとか。そんなことは気にしやぁしない……しないようにしている。それは俺らの
職分じゃねーからな」
「加藤…」

 「いや――別に秘密じゃないよ、君ならね。スタッフ・ミーティングの時、言った通りだ。
……わかってるのは方向の数値。それに、イスカンダルがあると思われるサンザー星系
の性質とイスカンダルのデータだけ。その回りがどうなっているとか……ガミラス、と呼ば
れる敵がどこからくるのかとか、それは……だが、銀河系の大よその航路図は、光学分
析と――昔のフロンティア隊が調査したものがある」
「――おぼつかないな」
「あぁ」
島は、深い笑みを見せてふぅ、と壁に体をもたせかけた。

 「覚束ない、か。その通りだ――だが、何とかなる。……するよ」
「そうか…」
(その責任を、お前が一身に背負って……か、島)
加藤三郎はその島を見下ろし、腰に手を当てたまま微笑んだ。
「そうだな――行くしかないもんな」
「うん」見上げた島の目は、気負いもなく真っ直ぐである。
(あぁ……こいつの良いとこぁそれだな)
穏やかに、凪いでいる、と加藤は思った。

 島が本来は激情家だということも、怒りや感情が爆発した時にどこまで激しくなれるや
つだということも知っていた。それを抑える強い意思――そして物事を割り切って考えら
れるクールさも、この場合はポジティヴに通じる。
(頭良すぎで、壊れなきゃいいな、と思ってたんだけど)
余計な心配は不要だということだ。

 「お前ぇ、強ぇな。――尊敬するよ、ほんと」
「なぁに言ってんだ、加藤こそ。お前が戦闘機隊長やっててくれて、ほんとに有難いと思
ってんだぜ?」島が笑った。

 「たとえ引き返す道があったとしても」
島が、そう見上げたまま、言った。

 え? と加藤は問い返す。
 「――引き返す道があったとしても、俺はいやだ」
「島……」
「任務や、使命や――義務はある。地球の人たちが待ってることも、わかっている…だけど」

 だけど、自分は、宇宙の果てまで行くんだ。
 誰も通ったことのない道を、切り開いて――俺たち自身の力で、だ。

 そう語る島は、もしかしたら初めて本音を吐いているのかもしれなかった。
「あぁ…行こう。イスカンダルへ…」
加藤は思わず口を継いで出た自分の科白に驚いていた。
 ついぞ意識したことなんぞなかった。行って、帰ってくる。途中、敵さんはたき落とすのが
仕事。一人でも多く、仲間や部下たちを生かして帰すことが仕事。それ以外は、考えないと
決めていた――でなければ。……辛すぎるから。

 島――こいつはたいしたやつだぜ。
改めて、二つ年下の同期を見返す。
 「島、俺、感動しちゃったよ」
「なんだよ」
「キスしてもいいか?」
「お、おいっ。俺は、そーいうのは」
「い〜や、何かしないと気が済まない」
「おいっっ。やめろっ!」
壁際に、ガタイのデカイ加藤に追い込まれて島は焦った。
お、おい…。
 腕を掴み、引き剥がそうとしたが、乱暴ではないまでもがっちり囲い込まれて動きが取れ
ない。――しまったな……そう思う間に、唇を塞がれていた。
柄っぱちのこの男にしては、優しい、驚くほど柔らかく。
――加藤こいつとは……遥か昔の記憶がよみがえった。一度だけ、そういえばあったな。
もちろん、此処キスまでだが。

   柔らかくついばまれて目を閉じると、気持ちよくなかったかといわれればそうではない。
ほぅと癒される気がしたので、許してやる気になった。
しかし、ここで甘い顔を見せては、どこまで行くかわからないので、ばし、と頬を払った。
 「いってぇ〜〜」
 頬をさすりながら、加藤が情けない顔で島を見ている。
 「いい思いしたんだから、それくらいは許せ。二度と、んなことしやがったらただじゃ
おかねーからな」 蓮っ葉な島の物言い。
珍しいもんが聞けたと加藤はニヤリと笑った。
「あぁ……ごちそーさま」
「なんっ……いい加減にしろっ」
あはは、と加藤は笑って、じゃぁな島。元気でお互いがんばろうぜ、と手を振る。
 「あぁ、おやすみ…」
そう言う声に棘はない。

 ――艦内時間2300にぃさん・まるまる
ヤマトは静かに、イスカンダルへ向けて自動航行していた。
明日もまた早い――島大介は自室へ向かいゆっくりと歩き始めた。

Fin

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――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO

綾乃
Count003−−24 May, 2009


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背景画像 by「Blue Moon」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、*月の咲く空*様からお借りしています。

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