【欲しがる想いに10】より

      window icon 誰にも邪魔させない。


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= 1 =
 (はぁぁ、やっちまったなぁ)
柚月太郎ゆづき たろう は開いた風防からとん、と飛び降りると、次々と駆けていく同僚たちを
みやりながらのろのろと自機から離れた。
「――回しますよ? 破損箇所・不具合ないですかっ?」
整備兵が声をかけてくれて、あぁ、と手を翳しにこりと笑ってみせる。
……いつもいつも。世話になるよな、工作班の整備部には。
 こころなしか、とぼとぼと。
(――シャワー浴びて。食堂へでも行くか)とてもそのまま休む気にはならなかった。

 「ようっ、お疲れっ」
「ゆっくり休めよ」「よく戻ったっ」
通路ですれ違う連中、声かけあって去っていく皆――どこでもそうかもしれないけど。
このヤマト ってそういうところ、皆、気持ちいいよな。
――自分だけ暗くやさぐれているような気がして、益々気分は落ち込む柚月である。

 「柚月っ。――柚月隊員。ちょっと時間あるか?」
シャワー室から出て、食堂へ向かおうとしていたところを分隊長の鶴見さんに呼び止めら
れた。は、といきなり緊張して背筋が伸びる。
――あちゃぁ、やっぱ何か言われるのかな。そうだろうな、当然だよな。

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 「どうした? 柚月?」
あ、あの…。
いくつかの諸連絡が切れた時、俺は耐えられなくなって声を出していた。
正面には戦闘班長、その横に分隊長の鶴見さん、奥に山本さん。加藤隊長の姿は無い――
要するに半分の隊の分隊長と、何人かの隊員。
――連絡事項、といってもたいしたことない。
集められて話をするほどのこととは思われなかった。
 実際は、俺たちへの気合入れかな? ――そう思っていたのに。

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 鶴見さんと並んで行きながら、
「鶴見さん…」と言いかけたが、彼は「ん?」と、いつもの明るい笑顔を呉れただけで
「あんま時間ないな、急ごうか」そう言っただけで、なにも言わなかった。……てっきり、
俺の今日の失敗――伊勢さんを巻き込んで殺しちまうところだった……フォローアップが
間に合わなくて。敵の渦中に陥って――といっても鶴見さんが背面からフォローしてくれ
て、そのあと古代さんの圧倒的なワザでこと無きを得たのだが――それについて
何か叱られるか罰則があるだろう、と思っていたのに、だ。
 誰も何も言わない。
 態度も変わらない。

 部屋に集まっていたのはチーフ連中と、ほかには山本隊の横森、和気と加藤隊の友納、
うちの隊の原口さんと木村。岡崎隊はいない――加藤隊も、友納とものうだけか。
(うっわ、ほとんど四期じゃん)……訓練学校第四期生。古代班長の仲間たちだ。
あ、でも、和気わきも原口さんも違うけど。
「――ということで、明日のシフトはこの2隊中心に行く。加藤隊と岡崎隊は少し過重だ
からな、哨戒も2日ほどこっちで行ってくれ」
古代班長がそう言った。
「……それとフォームだが」その声が続く。「和気と横森はセンターへ。工藤はサイド。
山本を後ろに――指揮機が前へ出すぎだからな」
「おい古代――お前に言われたくないぞ」壁際に立っていた山本副官がそう言って、微か
な笑いが拡がる。
和気は気合の入った顔をして頷き、横森はがってんだ、というように親指を立てて見せた。
 和気だって他所から参入のぺーぺーだったはずだが、ここへ来て急激に実力ちからを伸ば
してきた。実戦の中で腕上げるなんて、たいしたやつ――確か俺と同い歳だよな、と、
そんなことまで気になってしまう。
――実際、古代班長の胸中は……。
 加藤隊は2名、岡崎隊は1名の戦死者を、ここまでくる間に出していた。人が死んだから
といっていちいち落ち込んでいたのでは軍人なんてできない。しかも戦闘機乗りで、こんな
単独艦で太陽系の外宇宙に放り出されている身では。
だがそれは建前で、さすがに立て続けのBT隊の戦死者は、動揺を出しているのかもしれ
なかった。それで山本隊と鶴見隊か。
……だけど俺、あやうくもう1人殉職増やすとこだったし。伊勢さんは大丈夫だったんだろう
か――医務室に見舞いに行こうにもなんか気後れしてしまって…。

 話が途切れた処で、室内の空気が緩んだ。
俺の声が皆に聞こえてしまったのだ。
 「どうした、柚月? 何か意見があったら構わんぞ、言ってくれ」
古代班長が柔らかな表情でそう言って、まっすぐ自分を見る。
ドキ。
――俺は変な趣味はないが、このひとってほんと、見ようによっちゃえらく美少年だよな。
最年少の上官……。かわいいってのか。あの、戦闘中の指揮官然とした姿や声とは、まるで
別人。もちろん今だって勤務中だから、舐めたこと言うと厳しい視線が飛んでくるけど…。
 「い、いえ……なんでも」
「言いたいことあったら言っとけよ? 溜め込むと腹壊すぞ?」
まぜっかえしたのは鶴見分隊長だ。この人はいつもひょうきんで、隊の雰囲気もそれで賄
われている。俺たちにはリーダーシップのある分隊長だけど、古代さんたちと一緒にいる
と、どっちかってと雰囲気メーカーで、けっして出しゃばらない。古代さんより年上だっ
て聞いてびっくりした…。
「――あの、俺。今日……てっきり」
 皆が注目している。黙っていられなくて、おずおずと今日の失敗を口に乗せようとする
と、パタリ、と古代班長が手元の書類を閉じ、体を起こしてこっちを見た。
 「なぁ、柚月?」口調が変わる。
「――誰だって、完璧なんてことはないんだぞ」
皆、そっぽを向いたり、足を組んだりして聞かないふり? ――してくれてんのかな。
年長の原口さんだけがこっちを向いて、古代班長と自分を当分に眺めていた。
 ごくり、と唾を飲み込む。
「――今の戦闘のことか? お前は自分の失敗を知ってる。…だから、二度とやらない、
そうだろ」
(古代さん……)
 「間違いを知ってるやつに繰り返す必要はないさ」涼やかな声が割り込んで、見ると、
壁際にもたれるようにして腕を組み、目を閉じていた山本副官だった。「――伊勢は怪我
もさほどひどかったわけじゃないし、生還した」うなずいて、古代が続ける。
「……で、ですが、自分は。――鶴見さんと戦闘班長のお蔭で…」
「チームで飛ぶのは何のためだ? 結果が良ければ、それでいい」
古代班長は、自分の腕を誇るでもなく、簡単にそう言うと背を伸ばした。

 「ま、気にしすぎんなよ。――調子、自分で狂わすこたなかろ?」
明るく鶴見さんの声が割り込んで、いつも怖い感じの原口さんがニヤりと笑って片目ウイ
ンクをくれた。……激励してくれてるつもりなんだろうか?
 俺はなんだかぐっときてしまって……正直に言おう。なんて、大きな人たちなんだろう。
なんか、感動して涙腺が――腹にぐっと力を入れてがまんする。ここで泣いちまったりし
たら、ガキだぞ、俺。――精進します。がんばって、ヤマトBT隊の一員として、恥ずか
しくない働きをしますからっ。そう、再度決心した。
――あぁ、でも間に合うのか? 現在ヤマトは戦闘空域の真っ只中を航行中だというのに。


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= 2 =
 「あ、あの…」
おずおずと医務室の扉から中を覗くと、「あら? 柚月くん」と明るい声が返った。
も、森さん――ひゃぁ。
思わず顔が赤くなる。
――ど、どどどうしよう。奥かなぁ、伊勢さん。
 カーテンで仕切られた向こうがベッドスペース。でも、何て言ったらいいんだ。
「あの、伊勢さんは…」生活班長の前で思いっきりアガってしまっている俺。だってさぁ、
あまりにも美人だろ。才色兼備ってのか。話し方とかも知的だし。……あの班長たちと対
等にやり取りしてるのかってだけで、なんか恐れ多い感じだ。
「――伊勢さん? あら。もう部屋へ戻ったわよ」そういわれて、俺は顔を上げられない
まま、どう訊ねたもんかと入口で固まっていた。
 沈黙――森さんの柔らかな声がした。
「伊勢さんはね、たいした怪我じゃなかったわよ。心配しなくて大丈夫」
え、と目を上げるときれいな笑顔がこっちを向いていた。
「……気にしないのよ。誰も貴方を責めない。伊勢さんも気にしてらっしゃらないと思う」
「森、さん」
どうしてそれを――あ。
 この人は艦橋でオペレータも務めているんだ。戦闘時にBTにデータ送ってくれるのは、
そういえばこの人なんだ。だから俺たちの戦いぶりを、その目でリアルタイムで見てたん
だ……そう思った途端、かぁっと頭に血が上った。
「お、俺。。すみません、また来ます」

 とんちんかんなことを言って医務室を慌てて離れた――「柚月くん。元気出して」
そういう声が追いかけて、俺は申し訳なくて。
はぁはぁ、と曲がり角の先まで来て、さてどうしようと思う。
――伊勢さんには一言侘び入れないと気が済まない。だけど、女性の部屋訪ねるわけに
いかないし。
時刻はもう就寝に入ろうとしていた。――今夜は非番だ。仕方ない、もう少し艦内探して
みて会えなかったら……布団被って寝ちまお。

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 森さんも、キレイだよなぁ――。
戦闘機隊的にいえば、彼女は圧倒的“ヤマトの女神”だ。
もう全員、憧れてるといっても過言じゃないし、チーフクラスの人たちなんかは皆、と
ても大事にしてる感じ。そこからして別世界だけど。
 中には本気入ってるやつもいて――うちの分隊長もそうかな、と思いながら、工藤さん
とか垣内とか、吉岡さんや山本さんも怪しいと思ってる。加藤隊長は仲良しで、よく話し
てるの見るけど、恋してるって感じはしないし、なんてってもまぁ……やっぱチーフだよ
な。古代チーフ――そういうとこ、恐ろしく若い感じで、なんかかわいーんだよな、あの
ひと。加藤隊長はその応援団長ってとこだろ? 山本さんはどっちかな、邪魔してるよう
にも見えるし、でも森さんには優しいしな。
 だけど。

 柚月太郎には、自分だけのひそかな“女神”がいた――。
誰にも邪魔させない――。

 俺たちがすっ飛んでって、安心して働けるのは、あの人たちのお蔭だ。
 戦闘で、大砲やエネルギー撃ちまくって。それでも次の時にはまた文句なく仕事できる
のも、あの人たち――工作班が、俺たちが眠ってる間も働いて、命がけで艦や機体を守っ
てくれてるお蔭なんだ。

 その女性ながらチーフの1人――大槻結衣次官。……俺なんかには手の届かない人だけ
ど、案外気さくで。工場へ行けば話くらいはするし、格納庫へ来れば何かと気にかけてく
れる。メタリックでロボットめいてる、なんていうヤツもいるけど――本当は優しいのは
俺はよく知ってるんだ。
 それに優秀だよなぁ――。
 あの、変人で天才の真田班長だって、絶大な信頼を置いてるんだから。

 だけど――問題は、その真田班長だ。
 あの人、最初は変な人だと思ったんだけど――実はとても魅力的な人だということは
ひょんなことから知った。古代チーフと仲良しみたいだし――それに。
 大槻さんはあの人のことを、本気で好きみたいだ。
 誰も気づかないんだろうか? 本人は知ってるんだろうか?
 表に出してないつもりでも――俺にはわかってしまったんだ。あの人が寝もやらず気に
かけてるのは――そりゃ当然、俺たちのことも気遣ってくれるけど。本当は、真剣に、真
田班長なんだって。

 「え? 君、そんな若いの?」
「なぁによ。17だったら文句ある?」
「――だって、その。真田班長と向坂さんと――それで、工作班のNo.3くらいなんだろ?」
ぷふ、と大槻は笑った。「No.3はオーバーよ。確かに4チームの1リーダーはやってるけ
ど、まだまだベテランや天才は沢山いるのよ、此処のチームには」
「それでも、その歳で真田さんの手足って凄くないの?」
―― 一度だけ、時間のズレた遅い昼食を一緒に摂ったことがあって。その時に話したのだ
った。「……ん〜、ちょっとズルかな」えへ、と笑う様子は、けっこうかわいい。
そういう時、本当に17なんだな――俺より三つも年下か、と思う。
 「あのね。もともと班長の研究室に研修に行ってて、助手みたいなことやってたから」
「ほんと?」こくりと大槻は頷いた。
今でも時々“教授せんせい”なんて言いたくなっちゃうの。くすっと笑う。
「――第三ドッグ、の技師長に呼ばれて、だんだん研究室の方ができなくなったでしょ。
あんまり大変そうだったから、理由を問い詰めたら……あんまり話していただけなかった
んだけど――手伝うか? と言ってくださって」
ぽ、と少し目を伏せて照れくさそうにしているところは、めちゃめちゃかわいかった。
 「それで、ヤマト計画に?」
こくりと頷く。「――あんまり詳しくは」言えないこともあるんだろう。だが、「班長が
乗るって決まった時に、どうする、と仰られたから」
迷うことなく決めたんだろうな――。
 ヤマトの搭乗には一切の個人的意思は斟酌されなかったと聞いている。ただし、拒否権
があったのは俺も知っている。これは全員が確認されたはずだからだ。だが、「行きたい
か?」と訊かれた人間は――多くはないと思うんだ、実際。
 「――だから、責任もあるの」
急に大人っぽい目を取り戻して、大槻は言った。
「……行って、帰ってこなくちゃ」
きっと顔を上げて。……もう、食後の雑談という雰囲気ではなくなっていた。
――少し、残念だったが。
 というわけで、俺は、ひそかに大槻結衣を想っていたりする。ひそかに・・・・で良いんだ。
これは、俺だけの気持ちで、生き甲斐――。

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= 3 =
 結局、伊勢さんには会えず、顔を合わせたのは翌日のミーティングの時だった。

 何を言ってよいかわからず、やはり普段どおりの明るい笑顔で敬礼してくる年上の人に、
頭を下げて「ごめんなさいっ」と言うのが精一杯だった。
人が見てたけど、構うもんか。
 そうしたら、伊勢さんは。つかつか、と近寄ってきて、どんっ、と背中を叩くと言った。
「なぁに言ってんのよ。こいつらいる限り大丈夫だって。お互いさまでしょ?」
顔上げると、にか、という様子で笑うその人に、「ほぉら、細かいことぐだぐだ気にしてな
いで、哨戒、哨戒っ」
鼻の頭をパチン、と指ではじかれて、「いってぇ〜」と涙目になったところを木村に笑われ、
原口さんにぷ、とふきだされ、俺は頭をかきながら、踵を返した。

 「おう、鶴見隊、出るぞっ」
加藤隊と岡崎隊は働きすぎだ、なんて昨日言ったくせに、その長たる古代班長は、自分が
率先してゼロに乗り込んでしまう。
(いったい、どういうひとだよ、この若者は――)
そう、おそらく古代は“若い”のだ。
熱血で、体動かして、体当たりで――自分から「俺について来い」って言わないと、指揮
官であり続けられない、と信じているかのように。
それでいいのかもしれない――だから俺たちはついていくんだから。古代が行きすぎそう
になったら後ろから追い抜いていって引きずり戻せばいい――。
俺が、そんなことしなくても山本さんや加藤さんが先にやってるって。
 「古代〜、すぐ戻れよ」
格納庫に来ていた山本さんが手を上げて、そう言った。
「なんだぁ? お前ら別の仕事あるだろっ」
風貌の上から親しげに声が降って、
「まったく、もう」山本さんがちっと言って見送る中、コスモ・ゼロは飛び出していった。
「おう、行くぞ、こっちも」鶴見さんに声かけられて、今日は原口さんと3機でツルんで
のご出勤だ。「――遅れるなよっ」
 はい、遅れません。3・・・5・・・8、10、15、20秒。それっ。
ハンガーが回転し、射出されていく。
しんがりは、原口さんだ。

 ヤマトは中間地点、バラン星とかいう場所まで、あとわずかだという。
なんだか妙な物体が飛んでいるんだ、といって、古代班長は自ら出撃することにしたのだ
そうだけど――いいです。何かあったら俺たち守りますから。

 自分が何をできるだろう――。
 護り、護られて――。
日々、こうやって飛ぶだけだ。
ヤマトと共に――隣には、頼もしくて、優しい仲間たちがいるから。

 西暦2200年。ヤマトはサンザー星系へ向け、ひたすら走っていた。

 恋も、目標も、そして使命も――柚月太郎にとっては、まだまだ遠く、果てしない。
だがその行く先には、希望の光が見えている。

Fin

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――A.D.2200年 to Iscandal into the YAMATO
綾乃
Count007――28 May, 2009


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背景画像 by「Blue Moon」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、*月の咲く空*様からお借りしています。

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