【欲しがる想いに10】より

      window icon 赦されない恋をしよう。


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= 1 =
 わらわらと走り戻ってきたBT隊が昼食の列に並ぶ。お疲れさ〜ん、という声があちこ
ちから響き、一斉に人いきれが多くなった。
汗と――男たちの匂い。食事の匂い。

あ…。その昼食後、するりと動き出した人を追って、多田大和ただ やまとは思わず立ち
上がっていた。食事はとうに終わっている。少しぼぉっとしていたみたいだ……向こうの
会話に気を取られていて。
 「……なんだってぇ? んなこと気にしていられっかよ」
「だけどな、その女、本気だったんだぜ? まったく信じられねー」
「けどよ。それって、山本さんがいけなくないか? ……」
“山本さん”のことを話しているらしい。――あの隊の人たちだ。長崎、葉室、それから
和気。……はぁ、と大和はため息をつく。いや、小さく、人に気づかれないようにだ。
あぁ、せめて山本隊だったらな……、そう思う。いや、岡崎小隊長に不満なんかない。力
もあるし、大人だし――たぶん一番、隊としては安定している。まぁ何故だか大人しいひ
とが多いけど。。。山本隊が一番――派手だよな、やっぱ。
 「おう、ごたごた言ってねぇで、行くぞ。俺たち休憩取ったらまた出だからな」
3人の向こうで背を向けて航海班の島さんたちと食事していた横森さんが振り返って――あぁ、
宮本さんもいる。そう言って、
「はい」「――お先っす」「行きます」ガタガタと3人は席を立っていった。
……なんか別世界だよな、という気がする僕です。

 ヤマト食堂の中。……シフトの関係もあるが、生活班に頼まれたデータ出しが少し遅く
なって、1人の昼食だ。たいていは隊の誰かと一緒なんだけど……藤野も内藤さんも行っ
ちゃったし。
 古代戦闘班長の代――訓練学校第四期生というのだそうだけど――は結束が固い。
特に戦闘班の中では一大勢力だ。うちの隊は小林さんだけだけど、なんかエリートって感
じで、僕は苦手。
 多田大和――図らずも“ヤマト”の名を持つ自分を、どう扱っていいかわからない。
ミソっかすではヤマトに乗れたはずもないから、一応、選ばれた者だという自覚はあるが。
アジアエリアの辺境からただ1人の搭乗、訓練学校の教程は一応終えているとはいえ、ほ
とんどが初対面の人間ばかりの中、それでもなんとかうまくやってきた。
 一つには藤野や内藤さんという友人がすぐできたこともあるし、岡崎隊は雰囲気も悪く
ない――それに航海班や生活班には同じエリア出身の人間もいる。そう、極東校には専門
領域コースが併設されていて、スペシャリスト養成校としてはレベルが高かったのだ。
だから僕は、戦闘員でありながら、航海班通信隊レベルのライセンスも持っている。だか
らって……やたらデータ頼まれるんだな。

 立ち上がったのは、通路の外に、山本副官らしき姿が見えたからだ。
 長い髪――戦闘機隊にあるまじき、だと言われているのに一向に改めようとしない。時々
加藤隊長(さっぱりと角刈りで、なんとも爽やかだ)に文句を言われているが、逆にやり
こめることもあれば、無視することもある。「俺はこれでいいんだよっ」普段無口なのだが、
髪のことを言われると、けっこう強い口調で逆らうのが、なんだか可笑しい。
 ……いや、副官として小隊長として、素晴らしい働きをする人だということは、もう皆
の信頼や物言ものいいでよく知っていた。
――正直に言おう。僕は、彼に憧れている。……本当は、山本隊に入りたかったのだ。


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 山本さんと近づきになろう、と思い決めてずいぶんになる。こういった心境はなかなか
理解してもらえないかもしれないし、何らかの役職に就いている人たちは、そういう機会
もあるだろうから気にもしないだろうが、僕はそうではなかった。
 単なる一戦闘機乗り――そうだ。
 生きるも死ぬも、運次第、腕次第。インテリともいわれ、一人育つのに何兆円、などと
揶揄されたりもするが、戦時においては高価な消耗品――それが僕ら。
BTで宇宙そら飛ぶのは好きだし、この仕事を選んでよかったと思っている。ヤマト
に配属されてしまったのは驚きだったが――いまは。生き延びるためにこの旅を成功させ
るしかない、これは艦内の乗組員全員の、偽り無い気持ち。もちろん僕だってそうだ。

 美しい容姿――というだけでなく、美麗なくせに男っぽい。色っぽいとも思うのに、女々
しいところが一切ない。そして……何よりも飛ばせれば一級――なぜあんなに綺麗なんだ
ろう? スピード感があって、センスが抜群で…。加藤隊長の安定した走りも好きだが、
山本さんのは真似できない、と思うのだ。

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 「大和やまとぉ。それお前、ヤバくねーか?」
藤野にそう言われたが、特に疑問は感じなかった。
「どうして? 尊敬する上官だし、少しでも知りたいと思うのは自然だろ?」
あちゃ、と藤野やつは頭をかいた。こいつは加藤隊長派で、自分もそれに倣っているような
ところがある。ひょろりとした痩せ型、頭は短く刈っていて、行動はてきぱき果敢、そう
いった意味でも戦闘機隊の鑑みたいなやつではある。
「――そういうんじゃなくってさぁ…」心底困った、というように藤野は僕を見る。
 「いいぜ、別に。誤解されようが、なんだろうが。でも、言っとくけど」僕はきっぱり
言ったもんだ。「――僕は、そっちの人じゃないからっ」
そっちの人=同性愛者ゲイってことだ。
 軍隊の中には多い――環境からどうしても。そして特に空隊の中には多くて、さらには
皆、こだわりもないらしい。海空合わせたような環境のヤマトの中ではどうかっていうと
……多くはないけど居ないわけではないらしい、という程度の認識。きっぱりそう・・だっ
てのは2人くらいだけど……一人はオネエだからそう扱ってるし、もう一人は。いいじゃん、
他人のことなんか。

 そして僕は、気づいてしまったんだ。
――山本さんも、なんだってことに。

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 いろんな噂。訓練学校時代の経歴からなにから、いつの間にか知ることになった――閉
鎖された、明るい話題の少ない艦内。地球から新しいニュースが入ってくるわけでもなし、
スキャンダルや噂・ゴシップネタはいくらでも流布するし、放っておいても耳に入ってく
る。中でも人気のある――というか注目される人の名前があがる率は高い。もちろん一番
人気は生活班長――森ユキだったし、女たちの話が多かったけど、時には男だろうと関係
なく話題の遡上に乗る。BT隊でいえば山本さんは……やっぱり注目されるひとってこと
だろう。
 出自は知られてない。戦災孤児だって噂もあるし、物凄くいいとこの坊っちゃんだとい
う説も消えていない――先輩たちも、上官の人たちも誰も知らないみたいだ。
あれだけ仲の良い古代チーフだって、知らないんだから徹底している――ただ一人の同
期・松本(匠)さんなら知ってるに違いないけれど、彼はほとんどこういう噂話には入ら
ないし、なんだか近寄りがたい処があるから、誰も訊けないでいる。いつだったか誰かが
それらしいことを訊ねたら、最初は無視されて。さらに言い募ったら、見かけによらない
強い口調ではねつけられたらしい。強い処はすごい強い――そんな印象のひとだ。
 その山本さんの噂を総合すると――あのひとは、両性愛者バイセクシャルだ、とい
うことになる。ヤマトで見かける彼は、時々加藤隊長や戦闘員の女性たちをからかってい
るの以外は、とてもストイックな人だという印象が強いんだけれど。……学生時代はまる
で逆で。ナンパといえば山本明、っていうような男だったらしい。
信じられない、けどなぁ。
 だけど女性陣に優しいことは確かで、よく(特に男女関係で)困ったら山本さんに相談、
というのは女性の間で評判だ。ヘンにギラギラしてなくて安心だし。優しいし、柔らかい
し。……それにあの声が素敵なのよ〜、なんてね。いいな、女は。男がそうやって盛り上
がってたら不気味だと言われるんだよ? それに、男には冷たい。
 そうして、いつまでもこれじゃラチがあかないよな。

 僕は、行動することにしたんだ。
明日をも知れない身だろ? せめて……せめて、もっと近づきたい、話がしたいから。
――それがかなり危険なものを含んでいることに、大和本人は気づいていない。


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= 2 =
 「おう、大和、何してんだ、こんなとこで?」
藤野が通りかかってぽん、と肩を叩いた。「しっ――いま、いいとこなんだから」
「いいとこって…」顔を手でふさがれてしまった。藤野は黙って多田の肩越しに展望室を
覗き見た。
――かなりの広さのある場所、硬化テクタイトのガラスごしに、宇宙のほしぼしが見える。
太陽系の外に出てしまったから、星の海も疎らでしかないが……それでもまばたきもしな
い恒星群は、ワープのたびに景色を変え、宇宙の神秘すら見せてくれる。
 その窓際に2人、並んで話しているのは、あれは……古代チーフと、森さん。

 親密そうにも見える――横顔の見える森さんの綺麗なこと。少し上気した頬――古代
さんの方は一所懸命に何か話しかけているようで、なんだかかわいーな。
あ、肩に手を置いたぞ? 森さん、嫌がっていません。さりげなくするりと抜け出しては
みましたが、そのままふいと見上げて見詰め合う様子は、なんかいい雰囲気です……。
 「へぇっ――チーフ、うまくやってんじゃん…」思わず声を出しかけた藤野の口を、僕
はまた思いっきりふさいだ。「もごもぐ……ふみ」こいつはけっこうおっちょこちょいだ。
ここで見られてたなんて気づいたら古代さんの立場ねーだろ。森さんだって怒っちゃうか
もだし。

 僕が見ていたのはその2人じゃなかった――2人のことを見ているもう一つの目。
ちょうど対角線の向こう側の影――こう見えても僕は目が良くて、獣なみと言われている
んだ。遠視というのかな? 視力だけをとれば、ちょっと特殊なんだそうで。現代の平均
的数値を遥かに引き離す遠視ができる。よく監視の訓練をさせられたのもその所為だし、
これは通信・サーチ業務には有利でもあった。もちろん艦載機を扱って敵を叩くには圧倒
的なんだ。
 (山本さんが居る――)
 それは確信だ。
彼は2人をじっと――まるで彫像のように、見つめていたのだ。
その一挙一投足を――。
 切なげな表情が過ぎった。そんな彼の表情(かお)を見たのは初めてだった。
ずきん、と胸が痛む。それは、彼に同情したからじゃない――彼にそんな顔をさせる存在
に、胸が疼いたのだ。……訓練学校時代のナンパぶりと、女性へのフェミニストぶり。
ヤマトの中でのストイックな姿――どれが本当かはわからない。だけど彼は……恋をして
いるんだ。きっと……それも、本気の恋を。
 その秘密を知ってしまった、と大和は思った。

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 森ユキが女性の少ない艦内で人気があるのは当然だった。
生活班長という位置づけもある。特に戦闘班は看護や手当てで物凄く世話になるし、もち
ろん生活部分でも彼女たちの努力なしには1mたりとも前へ進めないのは、乗組員全員よ
くわかっている。
 しかも森さんは才媛で、綺麗なだけじゃなく会話のセンスも抜群だ。多少おっちょこち
ょいで一所懸命なところも、これは僕たちだけが見ることのできる特権かもしれない。
――というのも、古代チーフや加藤隊長に習って、コスモ・ゼロの操縦をマスターしよう
と躍起になっていた時期があるからだ。
 毎日のように格納庫に来ては、わいわい。本人は必死だからなるべく邪魔しないように
していた(加藤隊長から、戒厳令も出てたし)けれど、こっそり覗き見るくらいはいいだ
ろ? そうやって皆、心から応援していたんだぜ?
――ともかく、かわいい。美人だし。
 だから、山本さんも、本当は、本命は彼女だったのか――それで、古代チーフとは信頼
し合った仲だから、古代チーフの気持ちを知って、一歩引いていたのか。
そう思っていた。

 (森さん、かぁ……)
 だが僕――多田大和が、真実を知ったのはそれからすぐのことだった。






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背景画像 by「Blue Moon」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
★この御題は、*月の咲く空*様からお借りしています。

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