小さな城−辺境の小矮星ほし

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(1)

 加藤大輔、10歳。
 太陽系外に建設中の中間基地−−。そこの永久コロニーの開拓団を組織す
る母親に連れられ、此処にいる。9歳になるかならないかで地球を離れ、エレ
メンタリースクールも卒業せぬまま、基地に数人いる子どもたちと週4回の
官製教育(=小〜中学校の分校や特別教室のようなもの)を受けていた。
 幼い頃は月で育った――その記憶はあまりない。
 2歳半から5歳まで居たが、最初地球に降りた時の大気の濃密さと、胸にじ
んときた懐かしさは、DNAに刷り込まれた記憶なのだろうか。その頃はそん
なことはわからなかったが、涙が出るような気がして、目の奥がツンとした。
――地球。地球人であるのと何か時折強く思うのは、こうやって遠く母星を
離れているからなんだろうか。

 毎日の暮らしはラクではないけれど、ややもすれば単調で、そうならないた
めに子弟を連れた親たちはかなりの注意をしている。特に学力の遅れや重力
の差異による筋力の低下には最大限の注意を払い、地球環境に適応できなく
なることを恐れて定期検診も義務づけられているほどの念の入れようだ。
――ある種の実験体であることは自覚せざるを得ない。これから外惑星で育つ
世代も出てくるだろう。そのための。子どもだって、さほどバカではないのだ。


 カンカンと小さな足音がして、見慣れた姿が通路に入ってきた。
制服のまま。――この人がいると部屋の温度が変わる気がするのは、それが
母親だからだろうか? と大輔は思う。目が見開いて
「どうしたの。目が覚めちゃった?」と少し驚いた声でそう言った。
「だめよー夜更かししちゃ。明日の朝も早いんでしょ?」
するりと背の高い息子。まだ追い越されるほどじゃないけど、父親に似たのか
発育は悪くないなと思う葉子である。
 「月の夢――見ちゃってさ」
月? ふうん…よく覚えてるのね。
「ぴーぴー泣いてたよ、僕」
くす、と見上げる息子は、生意気盛りとはいえまだあどけない。
ふーんと思った母は、
「で、甘えたいわけね」有無を言わさず並んで腕に抱きこんだ。
え、そんなんじゃないよーと言ったが、それでも温度の低い通路で母親の腕
の中は温かかった。

 「大輔」そのまま母が言った。
「――帰ることになったよ」 え? と腕の中から見上げる。
「あと3か月したら、ふねが迎えにくる。交代要員が来るんだ」
「ほんと? でも」
母さんがいなくなって、大丈夫なのかな、この基地。

 こうやって抱いていてくれる母――佐々葉子は、地球防衛軍特務室――現
在は惑星開発部隊大尉。この小矮星ゼーダ開発区ではリーダーの1人でも
ある。というより、ほとんど司令官だということを息子も知っている。
ナンバー・2くらいのはずだ。
 「――織部のおじさんは残るし、醍醐さんも代々木さんも残る」
ふうん、と彼は言って、「でも、そしたら忙しいね」
3人とも大輔には仲良しでかわいがってくれる小父さんたちだが、基地では
(たぶん)偉い人で、醍醐さんは総司令・・・つまり、母さんの上の人だ。織部
さんは文字通り母さんの片腕みたいな人。代々木さんは現場監督さん。
2人ともベテランで、とても信頼してる人たちなんだって僕でもわかる。
 「あぁ……そうだ喜べ。迎えに来てくれるのは、たぶん古代の艦だぞ」
「え? 古代の小父さん?」
「そう。母さんが以前まえに働いてた艦だよ」
「アクエリアスなのっ!?」
此処から地球まで約1か月の旅。アクエリアスなら楽しいな。…まぁ戦艦だ
からあまり自由はできないけど、それでも、わくわくする。
「あぁ…1回乗ったもんな」頭にぽふ、と手を置いて。「1度地球に戻ったら、
たぶんまたそこに勤務するんだ」
「そう……」
戦艦に乗って宇宙に出ていく。そうするとまた、母さんは留守が増えるんだ。

 しばらく黙って2人で宇宙の景色を眺めた。
「――ごめんね、母さんの勝手で。振り回して」 ぎゅ、と腕に力を込めて。
ううん。と大輔は首を振る。
それでも。放りっぱなしじゃなくて、こうして傍に居てくれる。
小さい頃から、ずっと。
こんなに忙しくても、僕を振り回してでも連れてってくれるじゃない。
そりゃ、母さんに付いてくのは、子どもの僕には大変だけど――放っておか
れるより、ずっといい。――泣いてれば飛んできて抱きしめてくれる。
……もう泣いたりしないけどね、ガキじゃあるまいし。男だもん、僕だって。

 お前の学校もあるだろ。そろそろ中学に行った方がいいからな。
 僕、ここでの勉強も体錬も面白いよ。
 そういうもんじゃないんだ――人との付き合いも覚えないとな。
 え〜、ここでだって大人の人いっぱいいるし。
 いや。子どもには子どもの社会ってもんがあるんだ。
 ふーん。……でもまた地球に戻って、みんなに会えるのは楽しみだな。
 そうだな。残り3か月――忙しいけどまぁ、母さんもがんばるぞ。



 
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