小さな城−辺境の小矮星ほし

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(2)

 「おーしっ。大輔、もう一丁いくか」
ぜぇはぁと肩で息をするが、腹に力を入れてもう一度整える。
「――はいっ。お願いします」「いい根性だ、来いっ」
地面を蹴り、飛び上がる。0.8Gに調整されている此処は、さほど遠くまでジャ
ンプできるわけではなかったが、このまま走りこむよりは勝機があろうという
ものだ。身の軽さは、子どもだということを置いておいても、大輔の特長でも
あった。
空中で回転して、足で蹴ろうとしたところを掬い上げられた。
体制を崩すが、地面に叩きつけられるようなドジは踏まない。くるっと体をひ
ねり、腕で相手の首筋を打ちがてら着地して腰をかがめる。
「おし、狙いはいいな」
軽くかわされるが、手刀はきちんと入ったらしく、腕をひねりとられるだけで
済んだ。とっさに身を屈めて、頭から相手の腹に飛び込む。
格闘になった。
 「おー大輔、いいぞ。がんばれっ」
「宮城っ手加減してやれよー」「いけいけー」
周りで見てる兵士たちがやんやの応援。
少年ながら、闊達に彼らの訓練(?)についてくる大輔は、この連中のアイド
ルだった。兵隊たちの良い暇つぶしの相手でもあり、大輔がいるとその場は
和む。皆、よってたかっていろいろなことを教えたがったし、彼はそれを貪欲
に吸収し、いっぱしの少年兵の気分でいる。
頭突きを食らわせ、腕を取ると身を屈めて手を伸ばし頭からふりかざす。
足の脛を蹴飛ばすのも忘れなかった――人の弱点の一つ。ダメージの大き
い部位だからだ。
 どさ、と体を投げ出す音がして、投げた方も投げられた方もそこにころがっ
た。が、投げられた大輔の方もほどのダメージもなく、すぐに上体をわずか起
こし、相手を窺う。
「よーしっ。よくやった――強くなったな」
宮城と呼ばれた男は大輔にそう言って警戒を解いた。
――忘れるなよ。最後のそれが大事なんだ。どんな時でも、相手の動きを
読み、次の体勢に移れるよう目と耳を働かせながら、息をついて休む。
戦いに休憩や時間制限はないからな。油断した瞬間に、命がない。
彼らが教えるものはスポーツでもゲームでもなく、常に実戦だった。
 「それにしてもたいしたもんだな」
周りで見ていた若い男が言った。
「あぁ、さすがに佐々大尉の息子やってるだけある」
はぁはぁ、と息は上がっていたが大輔の顔が嬉しそうにほころんだ。
「母さんには、でもまだ。勝ったことない――1回も」
「そりゃそーさ。俺たちでも適わねーからな」「あぁすばしっこいのなんの」
「体小さいのになー」「それに、なかなか組討やってもらえねーし」
「あたりめーだろ、おめーと組み合いたい女なんかいるわけねーぞ」
「射殺されちまわー」爆笑が湧いて、彼はきょとんとした後、一緒に笑った。

 「おうい、加藤くんいるか」
その倉庫のような場所の入り口に、年配の男が来て、大輔を呼んだ。
汗を拭いて男たちと哄笑していた彼は、「はい」と振り向く。
「ちょっと、手が空いてたら岬まで行ってくれんか」
「――はいっ、いいですよ」
汗を拭いて、立ち上がる。
 おう、大輔、バイトか。うん、お使いでしょ、たぶん。
じゃあね、皆さん。どうもありがとう。
そういってとっとと駆けていく。

 扉の外にはいつもの事務官の親父おやじさんが待っていた。
「岬の駐屯所に届け物してほしいんじゃ。郵便物と……あと小物と、差し入
れとな。一つ、大事なものがあるが、お前なら任せられるしな」
「はい、おじさん」
彼はにっこり笑った。――その少年らしい笑顔に親父の顔もほころぶ。
 事務所へ立ち寄り、伝令係の特徴である麻のナップザックを渡される。見
かけは古めかしいが、中はがっちりガードのきいた、多少の揺れでもものが
傷まない実用的なものだ。渡されたカード=中身の一覧と、正式な軍の「伝
令係・証明書」それを確認して胸ポケットに入れると、ザックを背にかけた。
「頼んだぞ。慌てなくて良いからな――」
「はい。任せてよ、おじさん」ニコっと笑うと、敬礼してみせ、その様子がま
た親父の笑みを誘った。
「おう、戻ったらバイクだけ返してカードチェックだけしてくれれば、特に連
絡は要らんぞ」「ありがとう」


 業務用のエアバイク。
スピードはさほど出るわけではないが、コンパクトで使いやすい設定は、けっ
こうお気に入りだ。自転車感覚で乗れるが、そこは宇宙の星の上、それなり
の仕様に作られている。
 体鍛えるために走っていっても良いのだが――そこは安全のため、というの
もあるのだろう。このバイクが必須で、少年たちの間でもこの「所配便」バイト
は人気があった。だが信頼できる筋とけっこうな俊敏さ――なぜ俊敏さが必
要なのかは後で説明する――が必要だったので、誰でも良いというわけでも
なく、この仕事が与えられるのは名誉だったり幸運だったりするのだ。

 
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