小さな城−辺境の小矮星ほし

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 暮らした官舎を離れるのは、なかなか感慨深いものがあった。

「どうした、大輔。寂しいのか?」
古代さんがにこやかに立っている。
ううん、と僕は首を振った。
「やっぱね。もう二度と来ないかもしれない――2年暮らした場所だもん」
「そうだな」
「また来たとしてもね、9歳の僕も、10歳の僕も、もういない」
肩にぽん、と古代さんはその大きな手を置いた。
「いろいろ、学んだようだな」
地球から遠く離れたこの小矮星ほしで。宇宙でなければ学べなかったことを。
そして少年なら誰でも学ばなければならないことを。
「うん――たぶん。いろいろと、ね」
母さんの戦いも、生き様も。日々その背中を見て暮らした。
そして自分には自分の戦いも、暮らしもあるってこと。
 「大きくなったな――大輔」見下ろしてきた顔が、優しく笑った。
「そう? そうね――背ももう母さんとあんまり変わらないんだ」
そうか、と古代進は言った。
「父さんに似て、よかったな――ますます似てくるよ」
じっと、古代さんは僕を見た。
 父さん、なのかな。
古代さんの目にも、そして物凄く稀にだけど、母さんの目にも。
僕でなく、父さんでない人のことが写っているような気がすることがある。
優しく――あまりにも優しい表情で見られて、その目はどこか遠くまで見通し
ているような気がした。
(どうしたの? 僕はここにいるよ)
小さい頃はわからなかったけど、いつだったか父さんが教えてくれた。
叔父さん――三郎叔父さんを、そんな時は思い出しているんだと、僕は知って
いる。

 「艦長じきじきのお迎えなんて、すごく光栄です」
僕はおどけて古代さんを見上げた。
「そりゃ、VIPだからな」と彼は笑って、
「用意は完了しておられますか、将軍」と言った。
僕はふざけて敬礼をすると、1度その部屋を見渡し、手に持った鞄と、結局
お土産にって下げ渡してもらってしまった伝令用の麻のバッグを肩にかけ、
「はい、艦長」と言った。

 行こうか――。
 古代さんがまた肩に手を乗せて、僕をうながす。
僕はもう振り返らずに、2年間暮らした宇宙の果ての部屋――僕の小さなお城
だった場所を後にした。




 これから向かう先は地球――僕らの古里。
もう、僕は大人にならなくちゃ、いけない。

Fin

綾乃
−−13 Marz, 2007

 
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