小さな城−辺境の小矮星ほし

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 「岬」というのは通称で、小矮星に海があるわけではない。開拓地の外れに
あたり、ドームとドームに渡された細い通路を通り(トロッコのような列車も走っ
てはいたが、あまり頻繁ではない)、枝のように分かれて出た先の駐屯地で
ある。最も先端の開発場、であり、現場の人間たちは、基地周辺のエリート軍
人たちとはまた違った雰囲気があった。文化が違う、感じだよね、と大輔は思
っている。あんまり女の子は1人で近付かない方が良い感じ、ではあった。
――そこでも母親の葉子はけっこう人気者だ。
「佐々大尉は現場大事にしてくれっからな」 体が資本、というのを絵に描いた
ような男たちにそう言われると、息子としても悪い気はしない。時折、大工事や
大きな作業がある時は彼女も出張っていく。その時はほとんど 「軍隊、出陣」
という雰囲気になるほど、“現場”は荒かった。
 ルートはまかされていたが、街を横切らない方にした。ちょっと買い物をし
たいこものもあったけど……ともかく届けてから。帰りに時間があれば寄れば
いいか、と思い直し、直線に近いルート(とはいえ星の大きさから最短距離は
円弧になるのは当然である)を採り、1人、暗い宇宙を背景にバイクを飛ばす。
 「おうっ、大輔、バイト?」
ツルんでいた同級生たちが道の脇から手を振った。
(あー。あいつらまた、あんなことやって)
道端でたむろって何やってんだか。女の子もいた。――忙しい、世間の目のあ
まりないこの辺境の惑星で。ちょっとワルいことしてみたい年頃ではある……
だがね。
同級生といっても、たいてい皆、大輔より二つ三つ年上だ。もう女の味を覚え
て、遊んでいるやつらもいた。
(カラオケBOXにでも行くんだろうな)
道端でふざけてカードに興じていた彼らをそう思った。――彼はそういう遊び
にも、多少は付き合ったが(覚えておいてソンはないし、開拓現場ってそうい
うモンだろう、なんて妙な書物からの知識だけはある子だったので)、自分で
「ここまで」という範囲以外は、誰が勧めても近付かなかった。
それは“いい子”でいるためというよりもむしろ、
「僕、そんなに意志強くないし」と本人曰く、だが、それを断ってもまだ付き
合い続けられるというのは、彼の人徳というものなのだろうか。
グループになって相手を貶めようとするほどに少年少女たちの人口が多くない
こと、あまり乱暴なことをすれば、鉄拳どころか実力行使も躊躇しない大人た
ちの社会だったから、民事警察の手をわずらわせるほどのことをする者がむし
ろ稀だった。

――宇宙では、一瞬間違えれば死ぬのよ。
母には常にそういわれている。悪ふざけでそういうハメに陥るほどバカにはな
りたくない。少年少女たちも、そういう身を守るための躾だけはされていたと
いえるかもしれなかった。
 ただ、下士官以下の兵士たちや、現場で雇われた流れ者、労働者たちは別
だ。最も危険で、注意しなければならないのはそういう人たち。若い、体力精
力有り余った大人。犯罪も皆無とはいえず、また時折精神をおかしくして犯罪
に走るケースもある。このわずかな人口の星の中でも……その場合には、実
力が行使されることも稀ではない――重犯罪を犯せば地球へ送り返されその
法律で裁かれるが、無法地帯の法は、常に力だ。“処理”しなければ、わずか
なことから皆の命が脅かされる…それは常に宇宙の法だった。女の身でその
頂点に立つ母・葉子は、それも十分知り尽くしながら、生きていた。
 息子・大輔は、それと知らず、その母の生き様を見続けていることになる。
 快適に調節された市街地。だがそれも、どこか機械の一部でも狂えば。エネ
ルギーの何かが異常を起こせば。そして人々が努力を怠れば。――たちまち
のうちに死の棺桶となる。日々忘れていることではあったが――その恐怖は
常にあった。

 通過するのがやっと――天井は高かったが、ところどころに生命維持装置の
埋め込まれた、その開発現場へ伸びる通路を、大輔は漠然と、母や事務所の
人に教えられたそんなことを考えながら走る。ぶん、ぶん、と目の端を過ぎる継
ぎ目も――時折見える外の宇宙がなければ、不安になるほどの薄闇。たった
数kmではあったが、1人で此処に残されたら辛いだろう。何箇所にも備えられ
た閉鎖用のシャッター。事故が全体に及ばないように、遮断され分断するため
の装置は、コロニー全体のあちこちに備えられていた。
 また所所に資材が積み置かれている。ここもまた、先端の開発が終われば
撤去され、一つの街のようになっていくのだろうか?

 単調な通路にはエリアナンバーが振られている。
(Z……BX――R3から4へ……。)
分岐点が途中何箇所にもある。これを間違えたらたいへんだ。
 手持ちのカードには、その指示がきちんとインプットされているため、ナビ
に従っていけば間違えることはあまりなかったが、それでも。
記憶していこうとする大輔の本能は、月基地時代に父に教わったものだった。
 機械に頼りすぎるな――機械を知ることは大切。だが、何かあったときは自
分の記憶と、体力が頼りだぞ。
……そんなこと言われたのいつだったっけ? 父と宇宙に居たのは小さい頃
だけのはずなのに、そんなことを覚えているのはどうしてだろう。
記憶が交錯した。


 とん。とバイクを降りる。
 通路を出たとたんに、ガンガンガンという喧騒が耳に入った。
圧搾工事中なのだろう――大型のメカが、宇宙に延びるかのようにせめぎあ
がっており、目的のバラックのような建物は目の前にあったが、届ける相手
(の1人)もその機械の脇に立って、指示を送っていた。
 目で合図を返し、一瞬ニコと笑った気がした。だがその人は、もう一度手を
上げて大きな声で怒鳴り、作業を続けた。
待っていろ、ということだろう。――彼は大人しくバイクに手をかけたまま、そ
こで待った。



 
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