小さな城−辺境の小矮星ほし

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 「よー来たな。――今日は何持ってきてくれたの」
休憩時間になるまで、興味深そうに作業を見守る大輔を、事務所に招き入れ、
お茶など入れてくれる。はい、と資材を渡して、伝票と。それに目を通し、必
要なものは開封しながら彼は言った。「なぁ」
菓子など出してくれようとするのに、
「いいよ小父さん、お構いなく。そんなに長く居られないから」
「そうか」といかつい顔をほころばせながら。
「――たまには遊びに来いよ。泊まって、皆の話し相手になってやってくれ」
あぁでもお袋さんに怒られちゃうかな、と言った。
ううん、と首を振って。
「母さん怒ったりなんかしないけど。――でも僕、やることもたくさんあるから」
教室はあまり休みたくない。……でもたまには、此処に泊まって現場見るのも
いいな。…それに、もうじき此処ともお別れなんだから。
 加藤大輔は好奇心旺盛な子であった。
何度もお使いに来ているが、中をじっくり見たことはない。どういう風に動いて
いるのかも、ゆっくり見せてもらえるのなら興味あるかも。
「――今度、頼んでみようかな」ぼそりとそう言うと。
「そうせい、そうせい」と彼は楽しそうに言った。

 手を振ってそこを別れ、伝票にサインを貰う。帰りはバッグの中も手ぶらだし、
バイクのケースに入れてしまえば身一つだ。身軽なもの。
ヘルメットをかぶるとまたバイクにまたがり、少し遅くなるけど中心部に回る
ことにした。買わなきゃならない本と――まぁ本はネットで買えるけど、本屋
さん見るのも好きなんだ。マンガやゲームもあるしね、とそのあたりはまるき
り普通の中学生だ。
 それと――寄りたい処はもう一箇所ある。


 プルン、とエンジンを止めると厳重に鍵をかける。バイクや自転車などを止め
る留め金は街のあちこちに地面から刺さっており、それは移動交通手段がこ
の矮星上で、それに頼っていることを意味した。
 馴染みの書店に入っていくと、店番の女の子が本からモニタから顔を逸らせ
て明るい表情を見せた。ペコりとお辞儀をして愛想なく中へ入っていく。
どうやら大輔はこの書店の娘に気に入られているらしく、あまり愛想よくする
とよろしくないような気がしているのだ。――悪いじゃ ないんだけどさ。苦手。
親父さんは好きなんだけどねー、いかにも書店の親父さんで。
雑誌をさらりと見回す。今はネットのフィルタリングサービスで、好きな情報
を集められる時代だけど、大輔は手に取れるぺらりとした冊子がけっこう好き
だった。母親の葉子が書物が好きなのでその影響なのかもしれない。
「荷物が増えるわー」と言いながらも部屋のソファの周りには薄い雑誌が積ま
れていく。ある時期が来ると、葉子はどさりと廃品回収に出してしまうのだが、
大輔はそこから気に入った記事なんかをスクラップしておくのも好きなのだ。
幼馴染の相原祐子や南部勇人も好きだったから3人してなんだかマスコミ研
究部みたいだといわれてたこともあったっけ。

 ゴシップとか軍の情報の載ってる冊子を手に取ると、奥の目当ての棚に行く。
ちょっとマンガの立ち読みなんかして……いてもあまり怒られない。彼はたい
てい、何かを最後に買って帰るからだし、ほかにもコドモの割にはけっこう“お
得意様”だからだ。
「おう、坊主、プラモ入ってるぞ」
いつの間に代わったのか、親父の声がして、大輔は目を上げた。
「……この間連絡船が来たんでな。優先して取っといてやったから」
「ほんとっ!?」
目を輝かせて、本を棚に戻す。マンガ買うのは次の駄賃が出てからにしよう…。
とんとんっと雑誌だけ持ってレジへ行く。
その下から取り出された箱を仔細に点検すると、
「ありがとう。いくら」「3,500クレジット」。
大輔は胸のポケットからICカードを出すと機械の前にかざした。彼はカードを2
枚持っている――念の為。通常の市民証と自分の財布代わりに使えるお金を
入れてある方のICカード。もう一方は母から与えられたもので、特別市民証=
VIP証明である。……何だか特別扱いのようだったが、幼い頃からセキュリティ
ガードの付く身だ。そちらはイザというときに身分と本人を守るためのもの、と
厳しく言い渡されていた。
もちろん、この閉ざされた惑星ではそんなものは必要ない。小矮星ここへの出入り
には必要なものだが、住んでいる今は部屋の中に仕舞ったままだ。
 箱を受け取り顔がほころんだ。――早く帰って……明日から早速作ろう。

 書店を出ようとした処で、ふと違和感に気づいた。
あっ! そう思ったのも束の間。「小父さん、これ、預かってて」
だっと外へ飛び出すと少し離れた街路の向かいに止めてあったバイクにたかっ
ていた数人に「何をしているっ!」と大声で誰何する。
少し年長の少年たちは振り返った。1人がスパナや工具を持ち、1人は鉄骨ら
しいパイプの切れ端を手に持っている。バイクを盗もうとしているのか。
「泥棒っ! 泥棒だ、誰かきて〜っ!!」
大輔が叫び、そのうちの1人の腹に頭突きを食らわせた。
「あ、なにすんだ、こんちくしょう」
パイプで殴りつけようとするのを、服を引っ張るようにして一緒に転がった。
「おい、ヤバいよ、早くしろ」「外れたぞ、行くぜ」
「あ、待てっ」
店の親父が騒ぎに出てきて、「通報されたいのか」と叫んだが、大輔が蹴飛ば
されて転がされた時には、2人はバイクに相乗りしてその場を消えようとして
いる処だった。

 起き上がった大輔に、親父は「大丈夫か……ひでぇやつらだ」というと。
「小父さん、通報シグナル借りていい」と言った。ここで通報すると飛んでく
るのは民間警察でなく軍の統括部だ。街の何箇所かには通報用のホットライ
ンがあり、この書店は備え付けられている一つである。「あぁ」
大輔は連絡を入れた。

 「はい……はい。済みません、僕の油断で。はい、これから出頭――え、そ
うですか。では。たいへん申し訳ありませんでした」
かちゃと切ると、数人の店の客までがこちらを見ていた。
「あ、小父さん、大丈夫だよ。お咎めたぶん無しだから」
「お咎めって……盗った方が悪いだろ」
くふん、と彼は笑った――そういう表情は葉子に似ていなくもない。
「あぁ……きっとお小言じゃすまないな」と言う。じゃぁ、僕帰るね。
 大事そうにプラモデルを抱えると、
「バッグごと盗られちゃったから袋もらえる?」と言った。
歩いて帰るか。ちょっと遠いけど、シャトル待ってるより早いもんな。
そう思う大輔である。
 ――あれは軍の使用車で、たかがバイクとはいえ通しナンバーの付いた官
製品なのだ。必ず足が付く。しかも、エネルギーが特殊なので、ガス入れよう
とした途端にそこで検索されてしまう仕組み。確かに使い勝手は良いのだけ
れども、私用できるようなシロモノではないのだった。
その結果、管理部に呼び出されて善ければ始末書――そうでなければ。
此処は地上ではないから「教育」という名の強制労働が待っている。それが認
められている場所だ。またそうやってある種の力で統制しなければ秩序は守れ
なかった。
 極端な話、もしものがもう少し不穏なものだったら。その場で射殺されても
文句は言えない。――大輔は手加減した。“自分の身を守る”術しか学んで
いない。それは喧嘩ではなかったから、自分を守るために相手を傷つけてしま
う可能性があった。まだ加減ができるほどに力もなかったし、必死になれ、と
常日頃言われていることだから。
だから。
あっさり行かせてしまったのだ――そんな処はたかだか10歳でも、立派に惑星
暮らしの人間なのだろう。



 
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