blanc -10 for lovers

(b2-01)  (b2-02)  (b2-03)  (b2-04)  (b2-05)  (b2-06)  (b2-07)  (b2-08)  (b2-09)  (b2-10)
    
   
blanc No.2−01
  【 ボーダーライン 】


『…お前、好きな女いるか?』
親友で同僚の加藤三郎にそう尋ねて「あぁ、いる。おそらくな」と答えたあいつ。
深くは考えなかったが。
誰だ? ユキか? それとも佐々あいつか? それとも。
前に話していた幼馴染なんだろうか――。


ある夜、早番を終えて自室でのんびりしていると、シュン、と音がしてロックして
いなかった部屋の扉が開いた。
通路の間接照明を背に、細身の、見慣れたシルエットが壁に寄りかかり立っている。
「山本――どうした?」
手元に持っていた雑誌から目を上げて、加藤三郎は副官を呼ぶ。「何か用事?」
いや、と答えて入っても良いかというので。妙なやつだな、入れよ、と勧める。
士官―次官以上つまり艦長から班長、副班長まで――は、このヤマトの中に個室を
与えられている。班員たちに比べての激務と、その機密性神経の安定を保つためだ。
 戦闘機隊や砲術班などの戦闘班員は、相部屋の者が多く、山本は搭乗してから
副官となったが、いまだ三番隊長の岡崎と同室で、必然、何か話があるときは加藤
隊長の部屋へ来ることの方が多い。
だが内緒話をするほどのことがさほど多くあるわけではないので、もっぱら戦闘機隊
の“会議室”は、整備をしながらの格納庫だ――というのは、揶揄も含めた
他班からの評判である。

 どうした、入れよ――。
 そう言われて躊躇する山本ではない。
加藤の趣味でその部屋には小さな畳が置いてある。
ベッドとわずかなフリースペース。士官連中はその趣味の赴くまま、間取りは同じ
でも部屋も個性的だ。真田班長の部屋はパーツだらけだそうだし、相原通信班長の
部屋も部品と通信機器だらけ…改造してるって噂もある。古代んとこは殺風景で、
本当に何もない。島の部屋は――入った者はあんまりいねぇからわからねぇな。
 壁際のデスクに向かって座っていた加藤に近づくと、突然顔を寄せ、キスした。

 えっと跳び退る加藤。
「ぶ――な、何すんだよっ」
引きつる様がかわいいぞ。
「……こういう用事だ」
「お、俺は、男とそういう趣味はねぇぞ」
焦りながら親友を“信じられない”という目で見返すのに、お前本当に忘れたとか
言わないだろうな、と山本はまたずいと近寄る。
椅子から立ち上がって避けようと下がるうち、ベッドの方に腰掛けることになり、
そのまま山本は扉をロックするとベッドサイドまで来た。
「おい――襲ったって何も出ねぇぞ」
「お前、本当にしらばっくれるつもり?」
呆れたという顔で、山本がもう一度近づくのを腕で押し返そうとしながらも、暴れる
気配があるわけではない加藤隊長。
 ふっと力を抜いて、腕の中に包まれるままに。
「あれは……学生時代の想い出だ」
と加藤はそのまま言った。
「忘れるつもりか――」と山本は言って。
「俺には好きな女がいる――お前は居ないのか」
と目を上げて。「いや…いるけどな」
ならばどうして、と強い目で見られるのを
「適わねぇからさ」と皮肉な笑みで返す山本。

 「ふざけるなよっ!」
手を振り払って、加藤は怒りを露にした。
「好きな女との想いが適わないから手近で済ませようってか! 少なくとも親友
だと思ってた俺は、阿呆か!?」
と。
山本は黙って首を振った。
「女――じゃないぞ。……それに、お前を代替にしようと思っているわけでもない」
 加藤は言葉を失った。
その、相棒の表情に。
少し悲しそうでいて、微笑みすら浮かべながらも――目には絶望を湛えて。
「お前…まさか。その相手っていうのは……」
「――いつでも命くらい。呉れてやる」
小さな、しかしきっぱりした深い声。
「* * * なんだ、な?」ため息のように、加藤が言う。
それに山本は、是とも非とも答えず、ただ黙って静かに居た。

(お前のことは、別だ――)
ボーダーライン。
親友であり、戦友である。
恋愛感情が無いわけはない――俺は、女より、男の方がいいいんだ。
山本ははっきりそう言った。
告白するのはお前が初めてさ。知らなかっただろう?

 知らなかった。

 山本明といえば、訓練学校時代から山ほど浮名を流し、GFや付き合った女の数は
片手では数えられない。まただからといって恨まれたという話もあまりない。
その見目麗しい容姿と優雅な所作に騙されるヤツは多くて、実はそれが喧嘩なら
ヤマト1強いだろうと言われる熱血漢だと誰が知るだろう。
男に惚れられるタイプの男――そうじゃなかったのか。
たまさか、そういう容姿をしているがために? その育ちのためか?
 彼のプライベートや私情はほとんど知らない。
家族との行き来もなく、戦災孤児かとも思っている。そのわりには育ちの良さを
感じるんだな、俺みたいなざっくばらんな庶民の家の出身からすればさ。
 そして。
 男をも愛する人種だということは、学生時代に、ふとしたきっかけで知った。
 同衾したこともある――二度だけだけれど。
忘れるわけは無い。俺が……上級生に暴行リンチされた時に、庇って包み込んでくれた
やつだったから。
 だが。
 こいつは俺をどう思っているんだろう?
 親友で――命を預けても良いと思えるほどの、仲間。愛情はある、確かに。
だが俺には好きな女がいて――おそらく。そして、もっと重い使命と、守らなければ
ならない40人の部下たちがいる。

 じっと固まってしまった加藤を見て自嘲気味の笑いを漏らすと、山本は、諦めた
ようにその緊張を緩めた。
「…すまん、忘れてくれ」
背を向けようとするのを、その手首をふっと捕まえた。
「まだ何も。――言ってないだろう?」
気の短いやつだな、と背中から呼びかけて。


ボーダーラインだ。――友情と、恋愛と?
いや確かにこれは、友情なのだろうけれども。

「俺、今夜は暇だぜ」と、言ってみる。
「あぁ知ってるさ。だから、来た――」と、背を向けたままそいつは言う。
無理しなくて良いんだぜ、忘れてくれれば俺は明日にはまともに戻ってるだろうから。
平静を、装っているのだろうか、それとも。本当に何ということのない誘いの
つもりか。
「本気か?」
「――お前が許してくれるならな」
「どういう意味だ」「…こんな状況の中で。喫水線を越えることを、だよ」
 命の狭間で。
 戦闘機乗りはいつも。その境目を行き来している。それもまた、ボーダーラインだ。
恋と愛と――恋と友情と。信頼と憎しみと。
そして、生と死と。
すべて。
その刹那に行き来するものは、人が頭で考えるよりは僅かな差異、一瞬の運命。

 ふっと笑って、加藤三郎はその、つかんだままの手に力を入れた。
キス、しろよ。
え、と山本は引き戻され近づく形になる。
「もう一度……本気なら」
ニヤリと笑う不適さは、限りなく加藤こいつらしい。

(――先輩、俺、初心者だから。優しくしてくださいね)
しおらしいことを口では言いながら、態度では思いっきり裏切ってくれた以前まえ
思い出した。
「加藤……今度は、あの時みたいなわけには」
「いかないさ、そりゃ」
と不敵な面構えのまま、そいつは言う。
「今は俺の方が、上官――まぁ少なくとも対等タメだからな」
その時、律儀な下級生だったヤツ。…俺はやっぱりこいつにも弱いんだろう。
 お前、俺が好き?
と加藤三郎は言った。
「あぁ――好きじゃなきゃそんなことしないぞ?」と返して。
それを堂々と赤くもならず言えてしまう自分もどうかと思うけど。

 切ない想い――純粋な恋を心の奥底に秘めながら。
その想いも、相手も……恐らく互いに承知しながら。
それでも、戦友で親友で――そしてもしかしたら恋人にもなれるのだろうか。
大切なやつ
 まさかなぁ――こんな風になるとは思わなかったけど?
珍しく静かな夜は。艦内の時間の経過すら感じられない気がして。
夢中で時を刻みながら――何故なら乗艦してからもう数ヶ月。
人と肌を合わせる機会などなかったから。むさぼるように互いを――それが恋愛
かどうかはいまだわからないにしても。
愛しい相手ならば、互いを求めるのは必然。
時の経つのを忘れて、だが我に返ればクロノメータばかり見てしまう気がする。

心の隙間と。
届かぬかもしれぬ想いと。
人の命と、使命のあまりの重さに――時に押しつぶされそうになりながらも。
それに耐え、跳ね返して戦い続ける毅さを持った若い戦士たち。
18と20歳はたちの、若者たち。

 今、ヤマトはまさに太陽系を離脱し、人類の未踏の宇宙へ、踏み出そうとして
いた――。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト』より
加藤三郎&山本明 往路
count-010 08 Jun,2006
 
←お題dix扉へ  ↑blanc1-10へ  ↓2へ  ↓noirへ  →三日月小箱へ
inserted by FC2 system