blanc -10 for lovers

(b2-01) (b2-02) (b2-03) (b2-04) (b2-05) (b2-06) (b2-07) (b2-08) (b2-09) (b2-10)
    
   

2-04   【 次の約束 】


「ご苦労だったな」
「あ、艦長」
加藤四郎が展望室にいると、後ろから艦長の古代進に声をかけられた。
修理を終えた異星人の漂流船を護衛して戻ってきたところ。夕刻の飯に向かう
時間。
「まだ食わないのか」
「えぇ、少し…」
……なんとなく、話がしたくて。二人とも。
その仕事で思い出して。地球人ではない相手と言葉を交わし、心が通じたと思っ
たあと。
 「思い出してたんですよ――ちょっと」
窓の外に移る白い銀河を見る。
(きれいなブロンドの長い髪――愛らしい表情)
わずか1年…この世に居た、けなげな娘。
「澪、か」図星に驚いて顔を上げる。
いまやこの話が出来る相手といえば、そういえば真田さんと。艦長しかいない。
「妹、だった。俺にとっては」
「そうだな……」
古代も優しい目になって並んで窓の外を眺める。
「可愛がってくれて、ありがとう」
そうです。本当なら貴方の役割だったかもしれないことを、僕が。
閉ざされた小さな惑星で。一緒に過ごすことができた貴重な時間。
まだ学生だった僕たちに、温かさと優しさを呉れた可愛かった娘。
「最後に艦橋に飛び込んだ時にね、俺にもメッセージを残してくれたんだ」
「そうか……何て?」
「“しろ兄ちゃん、ありがとう。ごめんね”って……」
そうだったのか――。
四郎の目が潤み、腕に顔を伏せた。
「かわいかったなぁ――なぜあのが。助けられなかった……」
「加藤」
「ごめんなさい。艦長を責めてるんじゃないんだ。でも」
「時々、思い出してやらないと可哀相――だよな」
「えぇ」
顔を上げて。
 「澪は貴方が好きだったんだよな――」
あぁと古代は答えた。
普通に生きていたら、恋をして――初恋は実らないものだから。
楽しい想いも苦しい想いもしながら、失恋して。また新しい恋を知って、ただ
一人の人と出逢うまで。そうして、あの美しい娘は、父のように、母のように。
生きられたはずだったのに。
「まだ、辛いな――」
サーシャの名と、想い出を言葉に乗せられるようになるまでどれほどかかった
だろう。
 古代は胸の裡でそうつぶやく。
「……そうですね。でも、貴方とならそんな話もできる」
泣き笑いのような顔で加藤は言った。
「あぁそうだな」

 「嬉しそうに言ってたことがあるんですよ」
このヤマトの艦内で、時々お茶してたんだと加藤は言った。
「なにか嬉しいことがあるとね、『ねぇねぇ、しろ兄ちゃん〜』ってやってき
て」食堂へ引っ張っていかれて、目を輝かせながらいろいろな話を聞かされた
んだという。
事情を知らない第一艦橋のメンバーにけっして受け入れられているとはいえな
かった澪は。
休憩になると艦載機指揮室へやってきてはいろいろ話したりもした。
「貴方と、約束したんだって言ってましたよ」
「地球へ行ったら――か?」
「えぇ。地球に行ったら、“遊園地”というところに連れて行ってもらうんだ、
って張り切ってね」
お父様の代わりだよ――そう言った。次の約束が、「遊園地」だった。
まだ子どもだ。
 「叔父様とデートするの、って嬉しそうにね」
 叔父と姪は結婚できないんだよ、と言っても
「『いいの。イスカンダルでは普通だったわ』なんて平気な顔で。妙な知識だけ
はあったからなぁ」と苦笑した。

守れなかった、約束。
ヤマトと、俺と――地球を守って散った。
あの時の、真田さんの叫びを忘れない。
俺と、兄貴にとっては、古代サーシャだった娘。だけれども。
真田さんと、この男――加藤四郎にとっては。あの娘は、真田澪で、イカルスで
共に育てた愛しいであり続けるのだろう。


「お前、早く、自分の子ども持てよ」
突然、思いついたように古代の口から出た科白。
えぇっと加藤は驚いて。
「――何言ってんですか、俺まだ20歳はたちですよ。古代さんこそ」
それに。
相手があれじゃぁな。
――俺は一生。自分の子を腕に抱けることは、ないだろうに。それでも、良いんだ。
 宇宙の海から離れ、宙を飛ぶことを諦めるなんて考えられない女性ひと
「古代さんこそ、今度こそユキさんと結婚してくださいよ」
「あぁ……目的を果たしたらな」
「約束ですよ」
うん。と素直に古代はうなずいた。
 ユキさんと古代さんの子ども、なんて可愛いだろうな――とニコニコする後輩に。
「生まれたらまたベビーシッターやってくれるのか」と言うと
「えぇ。子育て経験なら誰にも負けないし。面倒見させてくださいね」
あぁ。約束だ――。

古代の脳裏にユキと、周りを囲む子どもたちの姿が浮かんだ。
 新しい家族――新しい家庭。サーシャに与えてあげられなかった温かさを。
次の世代に伝えていきたい。
子等を愛して、暮らせればいいな。新しい地球で。
 何故か目の前の男と、その恋人もそこにいて。腕に二人の赤ん坊を抱いていた。
「なぁ加藤」
「なんです?」
「きっとお前も、自分の子を腕に抱ける――なんだかそんな気がするよ」
え? と加藤は言って。それは、あのひととは添い遂げられないってこと
なのかな、それとも。
でも、まぁいいか。
幸せな想像なら、いくらしても。

 星の海に澪の笑顔が広がった。
『叔父様――貴方が好き。愛してるわ』
それがどういう意味だったのか、今となってはもうわからない。
憧れか――初恋か――それとも。
好奇心に溢れ、目を輝かせ、一生懸命に生きた。
生き生きと恋を語った澪=サーシャ。
 二人の男はそれぞれに。
 星に写る面影を見つめていた。

Fin


『宇宙戦艦ヤマト3』
古代進&加藤四郎
count-011 14 Jun,2006
 
←お題dix扉へ  ↑1へ  ↓3へ  ↓noirへ  →三日月小箱へ
inserted by FC2 system