blanc -10 for lovers

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blanc No.2-04      【 触れてもいい? 】

 今さら、なんだと思うんだけどね。

 加藤四郎は、退庁時間前後でざわめくロビーを歩きながら、そう考えていた。
久しぶりに本部へ顔を出すと、ちょっとした違和感。
彼の顔はよく知られている――その上官、古代艦長ほどではないにしても。
すっすと視線が自分の方へ彷徨っていくのを感じるのは何だか背筋がむずむず
する感覚。まだ19歳じゅうく――こわもてで鳴らすヤマト戦闘機隊の隊長を勤めるとは
いえ、艦を降りれば普通の若者でいたい。これでも。
 ヤマトはドッグ入りした。
 その間、どうしても地上勤務は増える。
第13特別独立艦隊、というところに所属するらしいヤマトは、エマージェンシーが
起こらない限りは、防衛軍の特務室と科学局の預かりになり、真田室長の管理
下に置かれて休眠している。
……だが長い旅と激しい戦いの果て。十分な整備も施されぬままに働き続けて、
今やっと。どこかわれわれ乗組員すら知らない場所に秘され、目の前を去った。
ヤマト乗組員の任務はようやくに解除され、それぞれが通常の所属艦隊に戻って
いる。
 だが四郎は。

 イカルスで最終特別訓練を受けていた時はまだ学生だった。
 それ以前はもちろん訓練学校生だ。
ヤマトとともに暮らし、そのまま乗艦して戦闘に旅立った俺たちは――還るべき
艦もなく、行くべき職務もまだ、ない。
その実績と、実力ちからと。
わずか1年余とはいえ――古代さんたちがイスカンダルへ最初の旅から戻って
来た時はこんな気持ちだったのだろうか? ふと加藤は思った。
現在は、配属待ちだ。
辞令は出ているけれど、まだ実際には動いていない今は。
 若いこともあり――アテになることもあって。
便利屋のように、あちらこちら呼ばれては、仕事がある。暇なわけではない。
(ヤマトへ還りたい――)
早くもそんなことを思うのは不遜だろうか?
 
やっと手に入れた、平和。
その中でやりたいこと、やるべきことといえば。
やらなければいけないことは、もちろん沢山ある。
地球はまだ丸裸で、その防衛線を固めるためには、失われた人材は、あまりに
多い。

 そんな中で。
現在ののぞみは。――とても小さなこと。
日々任務と訓練にまい進し、後進も育てながらも。
とても小さなのぞみだ。


「四郎?」
気づいたら、目の前に、ひょい、と現れたような様子で、小柄な姿が立っていた。
下から見上げるように、目の前に顔がある。
ドキっとして、ちょっと顔が赤くなったかもしれない。
「どしたの? ――帰らない?」
 佐々、葉子中尉。
一週間ほど前。辞令を受けたばかりだ。
初めて――この人の上官になる。
自分を、訓練して、引っ張って、叱咤しヤマトに送り込んでくれた先任で、教官
だった人。
そして今は。――愛しい女性。この世でただ一人。

ヤマトの先任隊員だった。
初戦からの先輩だが、白色彗星後の訓練航海には同乗せず、またその後。
惑星勤務のあと地上に降り――あの惨禍に遭った。
今、彼女は本部勤務で、ヤマトは降りたまま。だがその彼女も再びヤマトに
還る。今度は、自分と共に。
そんな約束を――先日交わしたばかり。
『ヤマトに還る……一緒に、戦いたい』
デザリウムの傷から立ち直ろうとしている女性ひと。新しい人生のために。

あれからなかなか遭うこと適わず、やっとの今日だ。
帰りに待ち合わせようかといって呼び出した。
「いいわよ。私は毎日本部にいるから。貴方が帰れる時間にロビーに行く」
という答えが返って。今、一週間ぶりくらいにその顔を見た。
抱きしめたくなったけどぐっと抑える。人前だし――実はまだそういう関係じゃ
ないし。

腕の中に抱きしめて、体の――その人の隅々まで知る。
 知りたくて、欲しくて、自分のものにしたい。というのはどうしようもない男の
本能だ。
だけれども。
多くの女性がどうなのかは知らない。だけれども普通の女の人は。相手に心も
許すものだろうと聞いて――知っていた。
いやむしろ心を許さなければそこまで受け入れはしないだろうに。この女性ひとは。
一度や二度抱いただけでは、得ることなどできない――まるで宇宙にある、小
さくても輝くことを止めない小さな恒星のように。
腕の中にいても――それはまたその時だけのことで。次に逢った時、そうして
貴女に触れても良いのだろうか? そんな気持ちを起こさせる。
宇宙そらを共に飛んでいる時には。
あんなに一体感と――心も何も結ばれているような気持ちがするのに。
自分の思い込みでも傲慢でもなく――そのリレーションと共感は鮮明で、感
触として伝わってくるから。
何も不安はない。
たとえ敵戦闘機の只中でも。
なのに、どうしてだろう。
地上に降りた途端の、不安は。どこへ行ってしまうかわからない、心細さは。

「行こうよ。こんな処に立ってると、目立っちゃうよ?」
表情を崩さないまま、そう言って先に立って歩き出す。
確かに二人が揃っていると、なお注目を浴びてしまうのだ。
一般に佐々の顔は知られていないとはいえ、ここは防衛軍本部の中。
スラリとした女戦士――身分は中尉。しかもヤマトの隊員でクールな容姿。
女性の中にも彼女に憧れる人は多くって――1人ならわからなくても、二人
一緒にいると、『あぁ、あの』という囁きが聞こえる気すらする。

すたすたと歩き出した彼女に連れて。
受付嬢の笑みに軽く会釈を返すと、階段を下りて庁の外へ出た。
まだ明かりは明るく――秋だというのに、陽はまだ長い。


 「どっか、行く?」
と見返る姿。
「この格好で?」
「別にいいんじゃない?」
お洒落しようとか思わないのかな? でも、家に帰るとそのまま、だったりする
かも。
デートしたいんだけど、とは言い出せないまま。
「これ、目立つから――着替えないと遊びに行けなくない?」と問うと
「ん〜。。。それも、そうか」と苦笑した。
そんな表情も、新鮮だ。
 自分のエアカーは預けて、彼女の車に二人して乗り込み、官舎へ向かう。
「着替えたらどっか行こうよ。何したい?」と問うと
「映画かな……芝居かな。やってるかな、ちょうどいいの」
「それなら急がなくちゃ」
すべての舞台の幕が開く――といわれる午後8時までは、2時間と少し。復興
まだ途上の地球でも、人々の生を謳歌しようという意思はとどまることはない。
娯楽は、切望されあちらこちらから既にその芽が吹いている。
「コンサート、って興味ない? オペラは……まだ動いてないかさすがに」
 意外にもこの人はこっち方面にも造詣が深い。
――人は見かけによらないんだ。
「僕は音楽はわからないなぁ」と言うと
「気持ちよければ寝られるし、そうでなければ起きて賢くなった気分になれる
わよ?」と悪戯っぽく笑った。
ヘンな女。
 そんな無駄な時間より、貴女と話していた方がいいよとは言えず。
結局歓楽街の外れに車を預けて、中をぶらぶら。大戦前の、古い映画を見た。

人々は娯楽を切望しているんだなと思い知るのはそんな時。
こんな平日の夜に、まだボロボロの映画館でも。ほとんど満員で――僕たちは
狭い椅子に座り、画面を注視した。……のは実は彼女だけかもしれない。
クールに見えるけどけっこう感激屋さんなのかな? 目が潤んでいたような
気がするのは、僕はもしかすると彼女の横顔ばかり気にしていたのかもしれ
ない。10代の若い男なら……好きな人の隣で当たり前にそうなるように。
いくら特殊な経験をしたあととはいえ。


 「ねぇ――面白かったわよね」
「ん? あ、あぁ」
外へ出て、ブッフェ式の軽い食べ物を出す店でワインなど開けながら
「なかなかイケるじゃん」と料理をつまみつつ葉子さんが言った。
詳しくあそこのシーンは…なんて話し始める。
けっこう饒舌。……知らなかったな。訊けば映画とか音楽とか読書とか。好き
なんだそうで。――そんなこと、知らないよな、お互い。
 「ねぇ加藤くんっ!」
と突然向き直って。は、はい?
「ねぇ…面白くなかった?」
い、いや。そんなことないけど。ストーリーも良かったし役者も素晴らしかった
よね、感動したよ?
「でも。ぜんぜん見てなかったんじゃないの?」と少しぷん、とした。
そんなことないよ。でもね……。
君のことばっかり気になってた――。
 そうは言わなかったけど、横を向いたまま。
「だから、男と映画行くのヤなんだってば」
と言う。……デートで映画なんて、最低。
え? 怒らせちゃったかな?
え? でも「デート」って言ったよね、今。
 何、にこにこ笑ってんのよ。ヘンな男。
 そう言われても。
あのねぇ。……男とデートとかするでしょ。映画に行っても皆、見てないん
だよね。女のことばかり気にしてさ。映画見たら、映画を楽しむの! だか
らいつも一人で行くんだ。
――そう言った。
そうか…そうだよな。
映画館で彼女とデートしながら男が考えていることなんて、皆同じ。
「でも、いいわ」
と、別に怒ってないわよ。と葉子さんは言って。
 「映画は面白かったし――貴方と一緒に居るのは」
楽しいから、と最後の言葉を省略しないでほしいと思うけど。

少し酔いが回って、官舎――僕んちからも徒歩3分くらいだけどね、へ送って
いく道すがら。月が隠れているので、星がきれいだ。
「あの空、飛んでたなんて信じられないわよね――」
ふと笑って、彼女がそう言った。
官舎近くは街路樹が埋められていて、細くも太くもない道が街頭に照らされて
いる。街頭の明かりが少し邪魔で、星はさほど多く見えないけれど。僕たちが
航行してきた銀河系中央は、やはりうすく白く、鈍く輝いて低い空の彼方に
あった。

 触れても、いい?

 ゆっくりとした歩みを止めて、僕は傍らの彼女に訊く。

 どう答えたらいいのよ――。
 ちょっと困った顔して、彼女は言った。
いいわよ、なんていうわけないでしょ?
なら、どうしたらいいんだ?
肩を掴んで、こちらに向かせて…そっと頬に手を滑らせた。
きれいな目が見返している。――かすかに笑う様子が、もしかして、照れて
るのかな?
 そんな、見ないでよ。
恥ずかしいじゃない。
 顔を逸らそうとするのを、そのまま腕の中に抱き込んで、胸に頬を寄せるの
をそっと包み込んだ。
「君が好きだよ――」
「四郎……」
ありがとう、と他人行儀にあまり有難くない声が返って、また顔を上げる。
 そっと頬にもう一度触れて――傷を負った右の頬の火傷の跡を撫でた。
目の横に銃創。細く、こめかみまで流れるそれを指で辿ると、くすぐったそう
に、顔をしかめた。
両手で頬を包み込み、そっと唇に触れると、その柔らかな感触が愛しかった。

 触れてもいい?
 そんなこと訊かないで。どう答えていいかわからないじゃない――。
だから。訊かない。
そのまま抱き込んで、優しく触れるだけのキスから、深く、相手を求めるくち
づけを。
最初は戸惑い気味に――それでも互いが互いを求めると、自然、抱き込む
ような形になって、夜の中にそれは溶けていきそうだ。
(ねぇ――行ってもいい?)
(うん?)どういう意味かな、と少しとろんとした顔のまま、彼女は言った。
(とぼけないで――もう、離したくないもの)
イヤ、って言っても仕方ないんでしょ? と悪戯っぽく目が輝いて。
平和、だわね。
そう。
任務が始まるまでは――わずか数日だろうけれど。

だから今は。
生きていることを確かめるにはいいかもしれない。
君がいて――私もいるから。

そのまま二人、寄り添った影が、官舎の入り口に吸い込まれていった。

Fin


『ヤマトよ永遠に…』後、Before『ヤマト3』Original
加藤四郎×佐々葉子
count-012 15 Jun,2006
 
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