blanc -10 for lovers

(b2-01) (b2-02) (b2-03) (b2-04) (b2-05) (b2-06) (b2-07) (b2-08) (b2-09) (b2-10)
    
   

2-07  【 少しでも思い出してくれた? 】

 「佐々先輩さん…」
格納庫で自機に取り付いていると、風防の向こうに見慣れた顔が写った。
少し汚れた顔を上げて、見ると山口仁志やまぐち ひとしである。
「なんだ。…どうした?」
にこっと笑う。無意識なのだが、山口はその自分に向けられた優しさを見るたび、
少々胸きゅんになってしまうのは仕方ない。
佐々葉子。――現在、宇宙戦艦ヤマト戦闘機隊の次官。隊長、副官に次ぐ地位に
あって、僕ら後進を牽引している女性。
訓練学校の最終教練の教官として、初めて目の前に現れた時から心奪われた。
たまさか今、隊長を勤める同期生・加藤四郎が先に告白してしまって、時季を逸した
まま。その後逢えなくなって――それでも想い続けていたものの。
四郎が、この女性ひとを追って、追い続けて。どうやら想いを遂げたらしいと漏れ聞いて
からは、心の中にそれを秘めたまま。
まだだから、想いも告げていない。――望みのない、恋。

 哨戒で昨日、惑星に出たでしょう?
 あぁ。ご苦労だったな。
 その時に、見つけたんですけれど――。
そう言って。
鉱石なのだろうが花のようにもみえる、不思議な石を手に乗せてくれた。
 化石の、花なんだそうです――佐々さんに、と思って。
「え、私なんかが貰っちゃっていいの?」
驚いたら子どもみたいな表情になる。ぱぁっと嬉しそうに。
いいんです。佐々さんに、と思って採ってきたんだから。
あ、大丈夫ですよ、真田さんにも調べてもらって、毒性もないし、風化もしないそうで
す――と言って。
キレイな石だった。本当にまるで押し花のように、不思議な色に光った。
肌触りも柔らかく、鉱石とは思えない。
へぇと見入って。
――なんだかテレるなぁ。
と目を上げて山口を見て。少し困った顔をした。
「ありがとう」と言った。

 「あの…」
ん?
またその笑顔ですよ。
どうしてなんだろう? 俺たちに時折向けてくる優しい笑み。普段の彼女の厳しさや、
無表情な横顔とは別に。
僕たちはまだ。――この人の学生だった頃から変化していないのかもしれない。
「あまり、ムチャするなよ」
と言われた。――こういうの呉れるのは本当に嬉しいけど。そのために危ない場所
に行ったり任務以外に気を散らして怪我や事故をしたりしないように。
言外にそう言いたいのはよくわかった。
「お前――けっこうドジだからな」と笑う。
 そうです。僕は劣等生でした、迷惑ばっかかけてたもんね。

 火星基地訓練校の最終選抜コースにいた16名のうち、ヤマト搭乗のためイカルス
へ選ばれたのは10名。当初半分の8名予定が、やる気と成果が上がったため増員
されたのだ。その最終訓練で実践的な戦い方を仕込み、教練を加えたのは佐々だ
が、彼女は人選には関わっていない。
 だが。
 ドジばかりやっていて、一番叱った記憶があるのもこの山口。だからといって、彼
自身が思うほどに、周りからの彼の評価は低くない。
常に。抜群の成績と実力を誇り他を凌駕した四郎や、手堅くすべてのポイントを固め
ていく溝田と、常に行動を共にしていたため。…さほど目立たなかったにすぎない。

 山口には山口の良さがある――佐々はそう思っている。
 慎重で確実な捌きと、人が切り捨ててしまう処まで気づくナイーヴさと。人の善さ
が時折裏目に出るにせよ、そのバランス感覚。そして、意外に太い神経と。
ドジなところがあるから失敗も多かったが、それをフォローする術も心得ていた。
何より、絶対に後ろ向きにならず、自分を貶めても人を立てて平然としている。
ヤマトの旅で、その資質がどれほど貴重か。
こんな部下となら働きたいと――誰もが思う男だ。
 それを四郎はよく心得ていて――溝田とは異なる意味で信頼している。
佐々から見てもそのトライアングルはなかなか見事で、3人共に、可愛い。

 だが山口は。
 評価されているとは思っていない。仕事の実績には自信があるが――だがそれ
よりも。この女性ひとが好きだ。
だが、その心の中には誰がいるのか…今は、四郎がその側に近づけているのか。
本当のところはどうなのかはわからないが。
四郎はいい男だ。
大きくて、優秀で。男が見ても惚れるやつ――何より、優しい。
その腕の中に、この人を包んでしまうのなら。自分の出る幕はないのだと。諦め
ざるを得ない。何よりも――どこか哀しそうに宙を見ていたこの人が。明るくなった
から。その影に四郎がいることは、想像できよう。…認めたくはないけれども。

 「どしたの? ありがとね」
もう一度笑って。整備に戻ろうとする。
「明日は私も出るから。もう休んだ方がいいよ、大変だったし今日は」
「えぇ――じゃ。お休みなさい」
佐々さんもあまり無理しないで。
大丈夫、私はいつも元気だから――。

 そう言って、別れた、格納庫の夜。


 『やめろー!』
佐々の叫びが、加藤の耳を貫いた。
閃光が走り、佐々機を含む3機の左右を断ち切るように1機が飛びすさび、拘束して
いたものを焼き切ると、そのまま旋廻した。
『やめろ! お前まで、やられる!』
 佐々機はその一瞬の隙をついで、さすがの素早さで空域を離脱していた。
 続いてその僚機も――あれは、岡本か。
敵空母との間に割り込んだ山口機と川本機は、そのまま交差する。
だが。
隊長機が追いつく間もなく、集中砲火が1機を見舞って、反転し急旋回した佐々の
目の前で、山口機は炎に包まれた。
――完全に、失策だった。
敵の目的を読めなかった……もしかすると。しないまでも。隊長たる俺の失策だ。

 隠れていた空母は、次元の隙間から浮上してきた。
 それはコスモタイガーの攻撃で閃光がソナー代わりをしたことと、爆撃を受け、そ
の重圧に耐え切れなくなってきたため。
『主砲空域から離脱――』
南部の声が響いて、一斉にさらに遠くへ離脱する。
ヤマトの波動砲が背後から覆うのを、その光の束を見た。

(山口――)
 光芒の襲ったあと。
その闇い空域には、チリ一つ残ってはいない。宇宙が闇の手を広げて、命を飲み
込んでいた。
「全員、帰投――」
感情を抑えて、加藤隊長は僚機へ告げる。
ヤマトへ――。


 着艦口へ、コスモタイガーが次々と戻ってくる。
 傷ついた佐々機は早々にそこへ滑り込み、すでに工作班が待機している中を機
体から飛び降りた。続いて岡本、川本、溝田、揚羽――。
最後に隊長機が着艦すると。
四郎がそこから飛び降りるのを待っていたように佐々は駆け寄り、ヘルメットを外そ
うとするも待たず飛び掛かかり、思い切り殴りつけた。
両頬を、手加減なく。
 加藤四郎隊長と佐々――。
 恋人同士のはずだろう、二人は。
その短くない付き合いでも、こんな様子は初めて見る。
周りでその瞬間を見てしまった者たちはあっけにとられ、一瞬静止した。
ふいうちでバランスを崩し、隊長がふらついて機体に手を付く。
そこをまた今度は殴りつけようとして、その本気加減に、当の四郎が驚いた。
「ばか――人殺しっ!」
聞き捨てられないことばを――あまりにも、らしくない。
本気になれば、小柄で女の佐々など、四郎は一撃で跳ね除けてしまうだろう。
だがあまりの必死さと、全身から沸き立つ怒りに――そして誰よりも愛する人。
その相手に、本気の怒りが自分に向けられていることに、唖然とする。
「佐々――」
「返せ……山口を。――お前の、隊長の、ミスだろうっ!」
 絶対に、人前でこんな風になじる人間ではない。
そう叫ぶ佐々の目から涙がどうと流れていた。
その手を止めた四郎の胸を、反対の手でどんどんと叩く。

 「やめろ、佐々」
後ろからそれを止めたのは……古代進だった。
振り向いて。「皆、部署へ戻れ。――早く、行け」
と威厳のある声で叱咤すると、気にしながらもその場を離れるCT隊の面々。
四郎は口の中を切ったのか、やっと、血をぬぐいながら、立ち上がった。

「佐々……。らしくないぞ」
肩に手を置いたまま、古代は言った。
硬い表情。
きっと目を上げ――「だが古代。私は……私は」また涙が溢れる。
「それが、加藤の、所為か?」
静かだが、厳しい響きを含んだ口調――。
艦長……。
 微かに首を振る。
「僚友を失って、辛いのは――誰より辛いのは、この男だろう?」
古代は佐々の肩を支えたままその背ごしに、四郎を見る。
「艦長……」

 「ご、めん――」小さく、佐々が下を向いたままつぶやいた。
「いや……確かに俺が殺したようなものだ……」
また、涙が溢れてきたのか、微かに肩を震わせて。
こんな佐々は、古代も、加藤も初めて見た。
 加藤――。
古代が目で呼んだ。はい、と四郎は近づいて。
頼む――
佐々をその腕にとん、と渡す。
落ち着かせてやってくれ――本当は、彼女だってわかっているんだ。
 らしくない。
 確かにらしくないけれども。

 山口は特別だったんだ。
あいつは、こんなところで死んではいけないんだ――私を庇って。
−−だから、私こそ死神なの。
古代が背を向けて去ったあと、四郎の腕に抱かれてそう、言った。
ごめん――私。私こそが。隊長が悪いんじゃない。

 行こう。
 戦いは終わりだ――とりあえず、機体これは整備兵に頼んで。行こう。気づいてない
だろうけど、怪我もしているよ?
肩を抱えて、居住区へ向かう。普段なら絶対にやらないこと――二人の立場。プラ
イヴァシー。様々な事情で。だけど今は。
 葉子は動揺していた。
 自分を愛してくれていた可愛い後輩…この人の同僚。答えも与えず、優しさだけ
を呉れて。そして私を庇って――こんな処で死ぬべき若者では
なかった。


 ヤマトの士官居住区、四郎の部屋――初めて入る。
 椅子にちょこんと腰掛けて。ただ、黙って抱かれていた。
俺だって、辛い――言葉には出さねども。
訓練学校初期からの大事な仲間。親友の一人。俺だって、溝田だって。

 佐々は首筋から細い金のチェーンにつながれたペンダントヘッドを引き出した。
「きれいだね…何?」
「山口が、呉れた。……プレゼントだって」
「そう――優しい男だな」
「うん……」
 これを見て。「少しでも思い出してくれますか? 僕を」と。
ペンダントに加工してもらって身に着けたと見せたら、本当に喜んでそう言った。
いつでも。
思い出しているよ、可愛い生徒で、後輩で。慕わしい男。
――愛することはできない、そういう意味では。私には今は、この人がいるから。
だけど。それでもお前は特別だった。失うなんて……こんなことで。

 葉子さん――
 抱き寄せて抱きしめる腕に力がこもって、それは息苦しいほどだった。
彼女はその温かさの中でまた涙を流し、そしてふと気づく。
――震えてる? この人。
加藤四郎にとって。山口仁志がどれほど大切な仲間だったか――。
今さらながらに。
私は……酷いことを。人殺しなんて……
「ごめん――ごめんなさい。許して」
目を上げて、そう言って。「殴っていいよ」と言った。
 俺が本気で殴ったら貴女、死んじゃうよ、と言うので。
なら。自業自得だもん――私が生きてると皆、死んじゃうのよ、と泣く。
ばかなこと言うなよ。山口の気持ちを無駄にするな、といわれて。

四郎――ごめん。ごめんね……私。どうかしていた。
痛かった? 傷ついたでしょ? 酷いこと言って。
 いいさ。気持ちはわかるから。
自分自身に言うことを貴女に言われただけさ、と。

そのまま、どのくらいの時間ときが経っただろう――。

すっと、その腕の中から、涙を拭いて立ち上がった。
どうしたの? と腰かけたまま、見上げる。
「行ってくるわ」
へ? と見る。どこへ?
シムルーム。といってスタスタと部屋を出ていく。
おい、待てよ。
走り去るように行くのを慌てて追いかけて、マラソンのような感じになって、それでも
艦内を半周、、、シミュレーションルームにたどり着いた。
そのまま、叩きつけるようにコンソールパネルに入力すると、シュン、と扉が開くと
部屋に入ってしまう。
…その気持ちはわかった。

集中して。体を動かし、頭の中から目の前のシミュレーション以外を追い出す。戦い
の傷は戦いで癒す。
――でなければ。もう飛び出して行けなくなるから。
失われた命を購うのは、使命を果たし、地上に還ってからで良い。

お前の分も――お前が愛してくれる価値などない私だけれど。
それでも。
後ろを向くことも、人を傷つけることも、してはいけない。
たとえ心から包んでくれるあいてでも。――四郎に甘えるなんて、
最低だ。
待ってろよ――。絶対に忘れないから。
生きている限り……貴方の心も。願いも。…そうあれるように努力するから。
涙が沸いてきそうになるのを堪え、数分もすると汗が沸いてきた。
その様子を見守る四郎にも――その心は伝わっていき。
ともすれば崩れそうになる自戒の念を押さえ込みながら、そこを担当に任せ
シムルームを後にする。
(強いひとだな……)
自分も、負けてはならないと思う。

加藤四郎戦闘機隊長の足は、艦長室へ向かっていた――。

また一人。貴重な命を呑みこんで――ヤマトは銀河の海を、行く。
第二の地球を求めて。

Fin


『ヤマト3』Original
山口仁志×佐々葉子、加藤四郎
count-013 15 Jun,2006
 
←お題dix扉へ  ↑6へ  ↓8へ  ↓noirへ  →新月の館TOPへ  →三日月小箱へ
inserted by FC2 system