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 数人だけが許されているルートを使ってエレベータに乗る。ヤマトの上層
部分へのルートを辿る。真田はきっと澪とそこで“秘密の時間”中なのに違
いない。
(あ、いたいた…)
 真田の業務も忙しく、本当なら部屋に戻って澪の世話をしているのは大変
苦労なのではないか…山崎ともう一人の技官がフォローしているとはいえ。
だが真田はそれを苦労と見せず、なるべく一日に何度も部屋へ戻り、澪と
接する時間を持っていた。

 (早いよなぁ…)
澪はもう外見は小学校3年生くらいになる。女の子の成長は早い(といって
も、イスカンダル人は特別制だが)。あっという間に少女らしくなって、眩しく
なってしまうのではないか。
ふと、胸が痛い気がした四郎である。

 エレベータが開くと、そこは“第一艦橋”と呼ばれる場所。そこから反対
側の出入り口へ向かい、1階層降りると澪がふだん生活しているエリアが
ある。

 ギィィィ〜〜〜。
 キコォォォ〜〜〜。
 ぴよよん、ぴよよん、ふにっ、きぃっ…♪

 なんだあれは。
 何かの曲らしいのだが、ぜんぜん音楽にはなっていない。

flower item

 「あっ! しろ兄ちゃんだ」
戸口の外の気配を感じただけで、音は止み、澪の明るい声がした。
彼女の声はよく通る。子どもだから高いのは当然、なのだが、彼女の声は
それだけでなく柔らかくて気持ち良い。…スターシアさんに似てる、のかな。
古代参謀も良い声だけど、男だからわかんないな。
 そんな風に思いながら戸口から中を覗く。
「やっ。澪ちゃん、レッスンの邪魔しちゃったかな?」
にこっと笑って顔を出すと、楽器を義父にはい、して飛びつくように部屋の中
へ引っ張り込まれた。
 四郎は内心で苦笑する。
(おやおや……お姫様は楽器の練習はお気に召さないらしい)
真田が楽器を持ったまま苦笑しているので、
「ねぇ澪ちゃん。……俺に演奏聴かせてくれないかな? どのくらい上手く
なったか知りたいんだよ」そう言うと。
「エッ……でも、まだ私。そんなに上手く弾けないの。あのねぇ、なんだか弾
こうと思うのと反対に手が行っちゃって、逃げるのよ。それに、あんなヘンな
音、好きじゃないわ」
 おやおや。親の苦労、子知らずってやつか。
 いったいぜんたい、何故、古代参謀はヴァイオリンなんて送ってこようと思
ったんだろう?
 四郎は知らなかったが、本当はもう少し簡単な楽器でもいいんじゃないか
と父親の守も思ったのである。だが、ヴァイオリンの音色の美しさを知り、さ
らにそれを演奏している成長した娘の姿を妄想し、思わず店の人に勧めら
れるままに楽器を手にしてしまった……としてもそれを責めるのは酷という
ものだろう。
……古代守の誤算は、自分を含め(もちろん全編の主役たる古代進も含め)
“古代家には歌舞音曲の才能は皆無”ということを、都合よく忘れていたから
にほかならない。
 「仕方ないな…」
真田が苦笑して「澪、ほら来い」楽器を構え、窓際の資材に腰掛けた。四郎
に向かってちょっと照れてみせると、自分で弓を持って弾き始めたのである。

 たりら〜♪ るるら〜〜♪……
 ゆっくりとした曲であったが、その音色は美しく心に染み入るようで、四郎と
澪は口をぽかんと開けてそれに聴き入った。
 短い曲が終わると、「わぁ、お義父さま、すごいすごいっ!」
澪がはしゃいで拍手し、
「教官−−真田さんって、本当に何でもできるんですね。それ、何という曲で
すか」と四郎も驚いて詰め寄った。が、真田は、少し照れたように笑うと
「昔覚えた歌だよ。……此処から遠い星のね、そこに居た人が教えてくれた」
「地球の歌じゃないんですね」
「……あぁ、そうなんだろうな」
 一瞬、真田の表情に懐かしむような陰が差したが、次の瞬間には、澪を抱き
上げて「ヴァイオリン、もう少しやるか?」と聞く。
困ったような顔で見返す義娘を見た途端、ははっ、と笑って。
「そうかそうか。…それならもう少し君向きのものを考えないといけないな」
 四郎は微笑ましい想いでそのワンシーンを見ていたが、1週間ほどの後、
その部屋に置かれた小さなデスクタイプのピアノを発見し、それを澪がたどた
どしい指で愉しそうに鳴らすのを聴くことになる。
 そうしてそれは、戦後も−−後にも。四郎の記憶の中に鮮明に残ったのだ。
自身の子と、戦いの無い空気の中に包まれて。

 「おう、そうだ、加藤。何か用事があったんじゃなかったのか?」
「あ、真田さん。……この間の件で、俺たちの相談、まとまりましたから」
「おお、そうか……澪、ちょっと待っててな。昨日の宿題はできたか? できた
ら次の問題を山崎さんに見てもらえ。お稽古の時間は終わりだ」「はぁい!」
四郎兄さんと遊ぼうと思っていたらしく少し不満そうな顔をしたが、素直にそう
返事をすると、通路へ出て奥の方へ駆けていった。
「そし、相談しようか」「はい…それで」……。

 イカルスは、澪の笑顔とともに、その日も平和だった。

To be continued...



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