air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・新プロジェクト、のわけは無い・・・


(2)
 
 目の前のメインのパネルのほか、小さく頭の周囲をぐるりと小パネルが囲む。
閉鎖感が無いとはいわなかったが、眼前のパネルはその外側の景色を完全に体感
させてくれる画像で、座っているコクピットの角度が多少傾斜しているのだと思えば、
初体験でも扱えないはずはなかった。
もちろん、そうなのだ。
 『最初にも言ったけどぉ〜』
妙に緊張感の無い声がインカムに振って、葉子はちっ、と思う。
『…操作性は、本当ぉにコスモタイガーに近いはずなの。がんばってね〜、愛してる
から』
「トライ・トゥ・ゴーだ。……最後の戯言ざれごとは、要らんっ」
『あらん、冷たいのねぇ』
「ほっとけ。戦闘機乗りが優しくなったら世の中終わりだっ」
……これを英語でやり取りすると、心っ底、疲れる。
誰かこのアメリカ女を何とかしてくれ。

 「エネルギー、充填確認。ゲージレベル、アップ……60・70・80・90……おいこれ
いったいどこまで」
『とりあえず120%でやってみて。まだ駆動系はテスト中なのん』
言葉のお尻にハートマークでもつきそうなタルさで話されてはいても、言ってる内容
は相当に物騒である。
「おいっ! 動かした途端、爆発でもするんじゃないだろうなっ」
『あらん。あたくしの腕、信用して』
「−−」絶句する。
 まぁ確かに発明と才能に関しては“天才”、といってもよい人間の一人だが。
信用できるような相手なら、最初っから文句言わねーっての。
コンソールボックスでこちらを眺めているに違いないマリアンヌ・アガタ技術将校
少佐の顔を思い浮かべてまた佐々はため息つきたい気分になる。
だが――それがいったいどんな形状であれ、戦闘機の一種だといわれ、それの
テストパイロットだといわれ、戦闘シミュレーションに出ろといわれれば、こなさな
ければならないのが仕事というものだ。


 

 「え? 人型ヒトガタですか?」
結城の部屋を辞したその足で機材の受け取りにサインし、そのまま科学技術省へ
回った葉子である。
久しぶりだなと迎えてくれたヤマトの元同僚であり上官であり、現在も管轄部門
の長でもある真田志朗とは、面談で逢うのは数か月ぶりだった。そこまでの間、
真田の命を受けて佐々は宇宙と地球の別の地域へ飛んでいたのだ。だから毎日
(通信で)顔を見てはいても。
 まぁ座れ。
といわれ、独特の色調と無機質さで統一された真田のオフィスに唯一柔らかいフォ
ルムを見せているソファに腰掛ける。
「モカでいいか」
真田が手ずから珈琲を淹れてくれるのを、佐々はその香りを楽しみながら待った。
 真田の副長官室の手前には秘書室があり、ゲストスペースもあり、そこではも
ちろん秘書たちもいれば、茶菓のサーブもされる。だが、奥へ招かれたゲストに
は、たいてい真田が自分で茶を淹れた。
それがゆったりとした気持ちと時間を作り、間の人間関係を形作ってくれる。
此処まで入ってくることを許される人間で、多忙でない者などいない。
だからこそ、の過ごす僅かな時間への心配りとでもいおうか。
 なかなか凝ったともいえるカップに注がれたブラックの珈琲に口をつけながら、
「あぁ旨い」
とつい口から言葉をこぼすと、真田は少し苦笑して、だがほっこりと笑った。
その表情の変化は僅かだが、昔馴染みには十分それとわかる。
“苦笑”の意味は、今回の任務に佐々を特派した理由であった。
 「――お前、けっこう本が好きだったな――『宇宙の戦士』って知ってるか」
「ハインライン……でしたか」
真田は自分も珈琲を一口飲み込むと、ふぅと息をついた。
「さすがだな――米国地域の古典中の古典だが、、、読んだことはあるか」
いいえと彼女は首を振った。「さすがにそこまでは――抄訳が電子データに残って
いたのを舐めた程度です…でも、面白そうだったので記憶に残っている」
「ハインラインは、宇宙世紀以前の偉大な芸術家の一人さ。彼が夢で描いた世界
のうち、実現化されたものも多い。――絵空事といってしまえばそれだけどな、
われわれ科学者は案外そういったものを好む傾向にあるんだ」
「はぁ、わかります…」そう答えた。

 たしか、人が立って歩くロボットのような兵器スーツを着て戦うのだ。モビル
スーツという概念だったように思う。
「その、『人型』が開発されているとでも?」
あぁ。と真田は頷いた。黙ったままの佐々に続けて語ったことは。
 ――人類は宇宙世紀に入り、これまで“共通の敵”にしか対したことがない。
ガミラスしかり、ガトランティスしかり、それ以降もだ。だから大型戦艦や対空
砲、戦闘機など、広い空間で相手をなるべく効率良く倒せる兵器が進化した。
特に今の地球は、イスカンダルとガミラスの技術をベースにしている部分が無き
にしもあらずだからな。どうしてもそうなる。
 ヒトガタ戦闘機は、局地戦用の兵器だ。
大気を必要以上に汚さず、相手だけを倒せる。行動範囲も限られているし、おま
けに頑丈だから、攻撃も有効だし、機動性も高い。……もちろん、対外的な防衛
に有効、というのが大前提だ。まさか地球上の内戦を想定して開発しましたとも
言えんからな。
 真田は元来の皮肉な口調を隠しもせずそう言った。
 主に惑星統括軍――元の各国軍隊をベースにした民族軍と以前、日本では自
衛隊と呼ばれていたものの再構成された地上軍隊――で開発を進められていた
物で、宇宙と地球の防衛ラインを主な範囲とする地球防衛軍では知られていなく
とも無理はない。
「それをまた何故、今ごろ真田さんが……というよりも、私たちが」
「あぁ。そのことだが」
 だがこれもまだ実験段階でね。“モビルスーツ”というほどには発展していない。
戦闘機に手足が生えたようなものだよ。
「え? それで…」
「あぁ。現状、現在の武器の中ではその操作性は最もコスモタイガーに近いのだ。
少なくとも航宙機のパイロットなら、少し馴れればすぐに扱えるようになる」
 真田班のどこか機関が技術提供している部分が無いはずもなかった。

 地球の、宇宙の防衛戦略的な未来図など、一介の下級士官である佐々には想
像するべくもない。だが真田は、多くの文明と科学に現場で接さざるを得なかった
特殊な経験とその立場上、彼女からみても“文明の守護者”とでも呼びたいような
位置に居ざるを得ない。もちろん彼が、持ち込まれてくる煩雑な技術的な相談と計
画に優先順位をつけ手を染めながらも、多忙な日々の向こうに何らかを考えていた
としても不思議ではない。それがときおり、素っ頓狂な指令となって降りてくるのは、
佐々ならそれを深読みしすぎもせず、真田の意を汲んで動き、また十分な成果を
あげることが期待できるからだ。――時折、借り出される加藤四郎もまた、立場は
違えども、同じであった。


 

 (コスモタイガーに近いっていったって!)
確かに操作パネルは似ていたし、コクピットの体感も変わらない。だがこの位置と
浮遊感、棺おけのような形状はなんとかならないか。
 だが馴れてくるとだんだんにコツもつかめてくる。
『そう、いいわよぉ……さすが、伝説のパイロットねぇ』
すかさずアガタ少佐の声が響いた。
 (え!?)
 違和感を覚えたのは、微弱な電流の流れのようなものを察したからだ。
体を動かす。それに対してコーティングされたように機械が反応する。
「こ、これ! もしかして手を動かすとロボットの腕も動くのか?」
『そぉよぉ。ロボットなんていわないでちょうだい。アレクサンダーと呼んで』
「戦闘機械に名前をつける趣味はない。RII−A4型、で十分だっ」
『呼びにくいでしょぉ? せめてペットネームで』
「気色悪いっ。乗るのは私だ」
 ただでさえ筋肉の流れや脳波までトレースされてるのじゃないかと疑っている。
もちろんモニタされているのは当然だが、逆に、自分の発信しているものを読み
取って、この機械の方が反応しているのではないか――それが微弱な電波のよ
うな刺激となって感覚をいらだたせた。

 
背景画像 by 「Little Eden」様 

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