air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・そして…。・・・


= Epilogue =
 
 「じゃぁね。こんどはゆっくり遊びにいらっしゃい」
「ありがたくご遠慮しとくよ」
出立の日に、相変わらずのマリアンヌに葉子は皮肉と笑顔を返した。
「良い仕事をしてくれてありがとう、さすが私の目は間違ってなかったわ」
「ぬかせ――当然だろ」
まぁ。たいがい自信家ね? という笑みを見せて。
「いいわ……今度は私がそちらへ遊びに行くから」
葉子は苦笑した。「…あぁ、歓迎するよ。こっちが相手できる時期ならな」
どちらともなく握手をして、葉子は機上の人となった。


 

 「で。どうだったんだい? 結局」
まめまめしく動き回りながら、スーツケースに荷物を詰めていた加藤四郎が、
ベッドに腰掛けて足を投げ出している恋人にそう言った。
リラックスした風情で、愛用のキャミソールにネグリジェ代わりのシルクのショー
トパンツ。バーボンのロックを片手に持ってまったりしているのは、出張を終えて
帰ってきたばかりの佐々葉子である。
「ん〜? うふふん」
少し酔っ払っているのだ。
 意味不明な科白をつぶやくと、「しろー、こっち向いて」。
ん? と振り向くと、ぽふ、と小さな塊が唇に挟まれた。
つまんでみると、チョコレートの小さな粒。
「美味しいわよぉ、これ。……やっぱナッツが好きだなぁ」にっこり。
自分も唇をちょっと尖らせて、キスするように小さな粒(色違い)を唇へ運ぶ。
「――ウィスキーと合うのよねぇ、チョコって」
 ……どんな大荷物だよ、というくらいにスーツケースのほかに肩にかけてきた
ザックに半分以上はチョコレートだった。「これでも帰る前にだいぶ処分したんだ
から」
そう楽しそうに言う目は、とろん、としていて。なんだかちょっと幸せそう。
 「ダレから貰ったのかなぁ?」
荷物を置いたまま、腰に手をあてるとめっ、と美味しそうにチョコをついばむ恋人
を眺める。「んん? これ、誰のだっけな。エミかな、ミレイかな、ラナかな。
……リュイだったかもしれないし、ナンシーだったかな…」
ふぅ。まぁいいけどね。
 首をかしげて苦笑すると、四郎はその横に座り、弾みで沈んでしまったクッ
ションにかしいだ体をそのまま腕の中に抱きこんだ。
「あん。……零れるってば」そのグラスもほい、と取ってしまって。
 ちゅ。
ん? うふん。

 四郎はいまひとつわかってない。
葉子が幸せそうでリラックスしているのは、チョコレートが美味しい所為と、仕
事がなかなかの成果を挙げられて良かったという達成感と。なにより四郎の傍
にいるということだ、ということを。バレンタインデーにモテまくってチョコレートを
貰った所為ではないのである。
「よーこさん?」
「ん? でも、四郎もいっぱい貰ったでしょ?」
あぁ、と不承不承ながら四郎も頷く。「だけど、ホワイトデーにお返しなんか出来
ないからね。それでもよければ、っていう人のだけ、受け取って、皆で分けて食
ったよ」イオ基地でも大騒ぎだったんだそうな――基地の友人が(わざわざプラ
イヴェートメールで)教えてくれたため、葉子は実はその様子はすっかり知って
いる。
 ことん、と頭を肩に持たせかけられて、腕がほっこり温かくなった。
あぁ。彼女の体温だ――。
バスから出て、あとは明日の支度をして眠るだけ。久しぶりに、一緒に過ごす
のんびりした時間。
 「――面倒な、日だよな」――恋人の居る人間にとっては。
だって。特別な日なんかじゃなくっても、俺はいつも貴女のことを考えている。
記念日アニバーサリーなんか要らない。だって、それは悲しいことばかり 思い出させるから。

 「いいんじゃないの? 平和だと思えば」
「そうなの、かな…」
「ううん。いや、違うわね」
 胸の中に抱き込まれたまま、葉子はゆっくり言葉をつむぐ。
その口調はもう、酔ってはいなかった。
「――戦いの辛い日々の中でこそ、大事だったかもしれない。だから、平和な時
代は莫迦やってりゃいいのよね…」
「あぁ。そうかも、な」
イスカンダルへの最初の旅。余裕も、ましてやチョコレートなど貴重すぎて作れ
るわけはなかったが…。生活班長だった森ユキと、料理長だった幕ノ内の発案
で、それらしいものが付けられた。…それがどれだけ隊員たちの励みと、心の
支えになったことだったろう。告白したやつらすらいたらしいからな……ふと傍ら
の人の兄を思い出した。あいつもモテてたな、と。

 突然ぎゅ、と抱き込まれて、顎に手がかかり、そのラインを唇が覆う。
懐かしい――優しいひと
 「……しろう。……愛してるわよ」
「あぁ……俺も。世界中の誰よりも」
「うん。……お帰り」
「あぁ。君も無事でよかった」
ゆっくりとキスを繰り返す。首筋から肩へ、また背中へ。指先を捉え、互いの手
指が互いを確かめる。
 ゆっくりと明かりが落ち、明日は早いんだから用意もしなくちゃ、なんていう
言葉はどこかに忘れて――そのまま2人は、久しぶりの邂逅に沈んでいった。

 温かい――優しい、日常。だがそれこそ2人にとっての非日常。
 こんな風に、何度も、いつも、帰ってこれるようにと、願いながら。

 その明滅の中で――優しい闇の中で。
葉子はふと、機体の中で発していた熱を感じた。
柔らかい、拘束する闇。宇宙の絶対零度とは異なるような。
 それは、人の想いだろうか? それとも機械が持つ可能性だろうか?


――ブロンドの髪と褐色の肌の向こうの眼差しがふとかぶる。彼女の、意思!?
あれは、戦いのためだろうか? それとも、何かを護ろうとするのだろうか。
――ヒトガタが本当に人に近い形状を持つようになった時。人は何故、人間の
形を模倣するのだろう? 神をもそう作ったように。

 命の発する熱が、いまひと時、彼女を溶かした。

End

綾乃
−−10 Feb, 2008 fin/12 Feb, made


 


 
背景画像 by 「La Bise」様 

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