air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・邂逅、って言ってもな。・・・


(3)
 
 ヒトガタ、と呼ばれてはいても、その「RII−A4型エーフォー」(と呼ぶことで佐々は妥協し
た)は、通常は飛行型である。空へ上がってしまえばこっちのもので、そのくっつ
けているものの多さに、さすがに重鈍な感じは否めないが、兵器としての頼もし
さという点では、飛ぶのにそれは安心感を与えてくれる。
(くっ――確かにスムーズに飛行するし、なんだこのGのかからなさは)
空中で回転をしてみたり、いろいろやってみた。だが。
『G制御ついてるのよ。だからあまり早い動きはその形態ではできない』
ヒトガタでいるときに比べ、スピード感はもちろんアップするが、動きの重さは比
べるべくもなかった。もともと飛行物体ではないのだから当然か。
だが、少なくとも空中を飛び回っている分には、馴染む。
――それは、戦闘機乗りのサガとでもいうものなのだろうか。

 ほぅ。
とヘルメットを取り、上向きに開いたコクピットに手をかけてひらりと飛び出す。
目の前に、白衣を着けたすらりとした美女、技術将校・アガタ少佐がファイルを
持って立っていた。
「お疲れさま」
あぁ、と微かに返事をして、すっと敬礼する。必要以上の口を利きたくないのだ。
 するりと横を抜けようとして、「あらん、冷たいのね、ヨーコ」と留められる。
「少佐。私は仕事で来ている――報告が必要ならこれからオフィスへ伺うが。
今後のスケジュール等は指示してもらえれば十分だ」
ふう、と両手を拡げて苦笑するように笑い、ブロンドの長い髪が揺れた。
「相変わらずね――つれないこと」
ため息がてら。そんなものも絵になる女だ。
 カツ、と靴音を立てて先に立つのに続き、仕方が無いと葉子も踵を返し、その
格納工場から内部へ向かうアガタ少佐に続くのである。

 「お疲れの処、いきなりですまないわね」
ソファを手で示されたが、佐々は直立して目の前に立ったままでいた。
「本日の業務を、先に」「――」
諦めたようにデスクに目を落として、コンソールにデータを表示させる。
「……貴女はテストしてもらえば良いだけで、細かい機能にまで踏み込む義務は
ないのだけれど。調子はどう? 人体への影響も実践実験の一つだから」
わかってはいても、言われて嬉しい科白ではない。黙ったまま手を出す。
「実際に、使ってみた感触とレポートを。はい」
目の前にチェックシートを差し出され、デスクの向かいにあった固い椅子(来客
用のソファではない)に軽く腰掛けると佐々はそのチェックにかかった。
 また、ずいぶんあるな。
 パイロットの常である。ましてやテストパイロットなど、どれだけこなしたか
わからない。どんな機体でもある程度乗りこなすという元ヤマトの精鋭たちは、
テスパイにも引っ張りだこだった。事故率が少ないことと、とんでもない条件下
でも、それなりに応用が利く。また実践経験からくるアドバイスは貴重な現場の
意見として尊重される。――技術課員たちからは、上層部が思う以上に信頼が
厚いのだ。
 もちろん佐々はここ、北米支部との付き合いはない。
 だが、この、マリアンヌ・アガタ少佐は。


 

 「失礼しますっ!」
ちょうどレポートを目の前の女に渡した途端だった。入口に声がして、「入っても
よろしいでしょうかっ」という興奮した声がした。
目を上げた2人のうち、部屋の主の方が「どうぞ。呼んだのは私よ」と返す。
佐々は立ち上がり、見返した。
「ビバル軍曹――久しぶりだな」「はいっ」
目がキラキラ輝いている、とでもいったらよいのだろうか。頬は紅潮し、声は上ずり
気味――それもそのはず。彼女は佐々に憧れていた。いや、“追っかけ”を自称し
ていた時期もある。佐々が驚かないのは、今でも切れることなく入ってくる通信や
私信が、この北米エリア基地に彼女が居ることを如実に示していたからだ。
 まぁ、日本語が通じる相手がいるのは助かる…かも。
佐々は英語に不自由するわけではなかったが、日本語やロシア語のようなわけに
はいかない。悪態つくのも一苦労する、というところだろうか。
ビバル・エミ軍曹は文官だがれっきとした訓練学校出身で、クオーターである。
日本・韓国・米国・南米先住民の血が混じっているといわれ、浅黒い肌にブルー
アイ、黒髪のなかなかかわいらしい娘だった。訓練学校に指導教官に行った際に
見初められ(?)追い掛け回されたことは記憶に嬉しい思い出ではなかったが。
その一途さはわからないではなかったし、人としては美しいかもしれないが、向
られる対象が自分となれば、話は別である。
思いつめられても困るので、社交辞令と親しさの中間ぐらいの距離…を保つのに
葉子はこれでも苦労してきた。仕事上での接触がまったくないことが救いだった
のだったが…。

 マリアンヌ――。
ち、と目を上げて目の前の女を見る。
この女は、そんなことも知っていての確信犯だ。そう思う。
 佐々の心積もりでは、相手は技術将校とはいえ少佐、自分の地位は中尉で
あり、どんな時も上官は絶対。その範囲にとどめておきたかったのだが。
その顔は、
(どちらがよいかしら? わたくしと、彼女と。)
そういう顔だった。
「軍曹? せっかくお呼びしておいて申し訳ないのだけれど、今夜は少し私に時
間をくださいね。積もるお話もおありでしょうけど」
「は、はい……いえご挨拶できればと思っただけでしたから。お気遣いありがとう
ございました」
明らかにがっかりした様子になったビバルは、それでも尊敬する(?)上官の意を
汲むくらいの常識はある。それに、佐々は正直ホッとした。
――だが、前門の狼・後門の虎、か!?
どうやら今夜はこの女と食事でも酒でも付き合うほかなかろうと腹を決めざるを得
なかった。

 
背景画像 by 「Little Eden」様 

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