air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・通信・・・


(8)
 
 『……それで、貴女としてはなにが気に入らないわけ』
画面の向こうで真面目な顔をしようと苦労しているらしい恋人は、目に面白そう
な色を浮かべて人悪くこちらを眺めている。
ふだんはとても優しい年下の恋人だが――からかう時に容赦しないのはヤマト
元幹部乗組員ブリッヂクルー共通の悪い癖だと葉子は思う。
「別に気に入らないって……だって」
ぷん、とむくれているのだろうな、と自覚がある。
チョコレート沢山もらった、って貴女はチョコ好きでしょ。食べ過ぎて太らない
ようにね。持って帰ってくれば一緒に食べてあげるから。そんな風にも言った。
 深夜をすぎて宿に戻ると、『特別通信』がプライヴェートで入っている、という。
慌てて指定されたコードナンバーに折り返すと、写ったのは物凄く久しぶりに
見る顔だった。

 「こんな夜だってのに、どこ行ってんのかと思ってね」
四郎だって、別々の場所で任務に就いている相手が、バレンタインデーだからと
いって何をしていても気にしたりするわけではない。一応、恋人相手に言ってみ
ただけ。
『――別に私が。こっちで、ダレと、何をしていても関係ないだろうっ』
答えも100%、わかっているので。
四郎は内心、やっぱカワイイよな、と思いながら向こう側で無表情を作ろうとし
ている年上の恋人を眺めた。
(ほらほら。丸見えだから)
本心が透けて見えてるよ? 僕に会いたいって顔に書いてあるし。
――という程度には自信もあるし、人も悪い。
「で、どうしてたの?」
『べ、別に……誰かとデートしたなんて』
えっ、と四郎は少し驚いた。そんなことは言っていない。
…ということは、誰かに誘われて食事にくらい言ったんだろう。自分でバラして
しまうところが葉子であるが、本人は気づいてないんだろうなぁ。
 バレンタインだからといって騒ぐような女ではない。北米支部オメガ基地が女
ばかりだというのももちろん知っている。それに、彼女を追っかけまわしている
女性が1人、其処にいることも。
四郎の情報網も、なかなかのものなのだ。特に葉子に関するサーチは利く。
本人にはバレないようにしてるけどね…鬱陶しがられるから。
……だからといって、葉子相手に、何をどうこうできるはずもない。
まぁ集団の女は怖いけど――無事にホテルにいるようだしな。

 「ねぇ、葉子さん――」
四郎は一転口調を変えると目の前で真っ直ぐ自分を見つめている(画面ごし
に、だけれど)愛してやまない相手の顔を見つめた。


 

 『3日後に帰るから――』
そう言って、その後、熱烈な言葉を吐いて通信は切れた。
帰って、どこかでかけるから用意しといてね。しばらく別々だったでしょう?
1週間は休めるはずだから、キミの好きそうな処へいってのんびりしよう――
そう告げられて、なんだかぽぉっと体の奥から熱くなってきたような気がした。
(……べ、別に。しばらく逢ってなかったからっていって)
すとん、とベッドに腰掛けて、頬がちょっと熱くなる。
(しろう…)
別に旅行とか行かなくたって、いいのに。……それより。
 今すぐ此処に、居てくれたら、いいのに、な…。
『愛してるよ――どこに居ても。今日もね、星を眺めながら貴女のこと考えてる
から』
「考え事して落ちるんじゃないぞ」
嬉しかったくせに、そんな憎まれ口を言った自分。だけど四郎はわかってるっ
て、みたいな顔をして『はは。そっちこそ、ヒトガタに食われないように』
 機密のはずだろ? なんで知ってるんだ!?
一瞬そう思ったけど、そのまま通信が切れた時は、なんだかちょっと泣きそう
な気分になってしまった。
それが、逢いたかったり寂しかったりする所為だとは気づいてない葉子である。
 そういえば。
と、ふと気づいた。
(あの通信、どこからなんだ?)
四郎の派遣先はどこだったっけ――第8輸送艦隊の隊長ではあったが、まだ
そこが固定の任地というわけではない。所属は本部機動隊だから、あちこちに
派遣されつつ地球の再建に働いている――という意味では、元ヤマトの戦闘
士官たちの例に漏れない。
(えっと…)
 ふと思いあたった。
(えぇっ!? 木星のイオかっ!?)
いくらこの時代でも、木星エリアから地球へのプライヴェート通信なんて…幾
らかかると思ってるんだっ。
特殊ナンバーコールだから、料金はあっち持ち。
はぁぁ、とため息をついた葉子である。


 
 
背景画像 by 「一実のお城」様 

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