air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・女のホンキ!?・・・


(6)
 
 逢うたび口説かれるのもいつものことだ。
けっして拒絶しなければというほどに執拗ではなく、かわされることも心得て誘っ
てくるため、佐々としても全面的に接触禁止にするほどの対応はできないでいる。
 どこまで本気なのかはわからなかった。悪友の横田美香のように、少々レズっ
気があるだけの節操無しというわけでもなさそうだし(2人は“悪友”同士であって
互いの間に色っぽい関係は気配もないが)、部下の如月のように完全な同性愛者レズビアン
というわけでもないらしい。あれだけセックスアピールの豊かな容姿をしているくせ
に、1に機械メカ、2が女で、3つめにやっと人間の男がくると いう妙なヤツ――やはり
ヘンタイと思って扱うしかないだろう、と葉子は位置づけている。
 だからといって、仕事上の接触に支障をきたすようなアプローチをしてきたことは
なかった。ロシアでも、北欧でも、此処、北米でもである。
 そういった意味では――“追っかけ”を自称している軍曹、ビバル・エミの方が始
末が悪い。一途で真っ直ぐなだけに。そして立場が立場だけに……士官というも
のや、葉子が置かれている立場を斟酌することはできず、またそういう管轄にもな
いためだ。
軍人としては、どうか…佐々は自問する。確かにビバルはかわいいし、気の良い、
そして優秀なオペレータだ。佐々に憧れ、故に、その上へ、先へ行こうと望んでい
る。だから仕事はきちんとしようとするし、任務にも忠実だ。
……だが、ダメなのだ。それだけでは。

 そのビバルの気持ちを、もちろん直属ではないまでも上官であるアガタは知っ
ていた。暴走するとマズいと思ったか、佐々が来ることをわざと伝えもした。
アガタとて、自分の気持ちを部下に悟らせるような不明ではない。だからビバル
のオープンさは基地の管轄部署中で知らぬ者はないほどだが、いまひとつ、アガ
タの心根はつかみきれていない。
そんなこととは露知らず、ビバルの方は、応援を得たくらいのつもりでいる。


 

 「中尉、おはようございますっ」
着任して2日後が2月14日だったのは、佐々にとって、幸運だったのか、不幸
だったのか。部屋に到着した途端、待っていたBOX(どう考えてもチョコの詰め
合わせだろう)に目を白黒させながらも、時間が迫っていたのを良いことに、佐々
はそれを無視した。
 おはよう、と軽く敬礼だけして、その日のスケジュールをダウンロードすると、
そのままスタスタと部屋を出ていこうとする。
「中尉っ!!」 ビバル軍曹が溜まらずに声をかけようとしたが、
「多忙だ。あとで」
そう軽くいなされて、その小柄な背が部屋を出ていった途端、その円形の部屋に
は、声にならないため息が満ちた。
 「あ〜あ、エミ。あんな言い方するからよ」
「そうそ。それに、目の前にドンと置いておくなんて、中尉の美学に反したかも」
「そんなはずはないわっ。中尉は戦闘員ですもの、繊細さより迫力よ」
 ビバルだけではない。女性たちは姦しい。
「仕方ないかぁ。まぁ、いいわ。終わってから待ち受け! よ」「そうねっ!!」
気合を入れるオペレータ'sを背に、ふん、という仕草で顔を上げてパイロットスー
ツの女性が立ち上がった。「私はまた機会あるかも、だな」
本日は同行で、共に演習を受けることになっているナナイ・ジョンソン准尉。
ヘルメットを構え、少し得意げにそのプロポーションのよい尻を起こす。
文官たちにはどうしようもない。少しばかり嫉妬の混じった目で見上げることし
かできないのだ。
(ふん、どうせ、職務中はあの方のことだから。甘いことなんか言い出そうもの
なら、逆効果なんだからっ)
胸の中に憤懣を押し込んで、ビバルは、通信士官のラナ・クスコウ軍曹と顔を
見合わせた。相手も同じことを考えているのがわかり、佐々に続いて部屋を出
ていくジョンソン准尉の背中を睨むことになったのだった。


 

 ここ、北米支部オメガ基地は、別名“アマゾネス部隊”と呼ばれている。
主要な役職はほとんどを女性が占め、また文官以下、通常勤務者もほとんどが
女性。もとは多少の男もいたが、そういった環境のため、ノイローゼになったり、
職場不適合を起こして転任していく例が跡を絶たない。
もともとは、都市どころか国ごと壊滅してしまった此処地域では、大量に男性が
死に、軍などの“危ない職業・命の危険のある商売”は、女性がメインになって
いくしかなかった。もともとそういった意味で職業における男女の性差のあまり
無いロシアのような地域は別として、日本のように、元の形を残している国家の
方が少ないといえるだろう。
 そしてまた、派遣されてくる技術士官や戦闘士官たちも、男は皆、嫌がった。
うまく任務が遂行できなかったり、トラブルを起こすケースも多い。だいたい、
気に入らなければ追い出してしまう、という北米支部の女性たちにもおおいに
問題があるのだが、実質、部隊が挙げてきている実績を鑑みて黙認されてい
る――その状況もどうかと佐々などは思うのだが。
此処へ来て追い出されずに長期の出張任務をまっとうしたの男は、真田志朗と
片岡賛だけだった……らしい。
(真田さんはその気になれば女を女とも思わないヒトだしな。それに片岡さん追
い出せたらたいしたモン)それを思えば佐々はくすりと笑いたくなる。
(こいつらも案外、カワイイ処あるじゃないか)


 

 「よしっ。いいぞ、ジョンソン。左翼から振ってZ地点で交差」
『ラジャっ!』
小気味の良い声が返って、佐々の「エーフォー」に続き、「シーファイブ(だそうな)」
が発進してきた。若干小型で、機能が特化されている。
(ほう…動きが俊敏だな)
右翼から展開した佐々は、翼を開いた形ではいずった犬のようにも見えるその機
体の動きを見やった。モニタからは余裕すら感じられる。
『調整済みですっ――中尉こそ、初めての機体でっ』
素晴らしい、と言いたいのだろう。フットワークの軽いリターンは、エーフォーよりも
動きが滑らかだ。
『コーティングされてるから、ナナイは慣れている。思う様、試してみて』
軽く頷くと、佐々は手元のレバーを引き、右手をコンソールに鍵盤のように滑らせ
た。基本動作はCTと似ているとはいえ、次世代機だ。扱わなければならないパネ
ルの数は戦闘機の比ではない。
 (これっ、いっぺんで覚えろってかっ)
資料に目を通し、一通りは頭に叩き込んであるのは当たり前だが、それより以上
の性能を引き出すのがテストパイロットの役割だ。100%……あるいはそれ以上
を使い切った時にどうなるか? 中の人間は? …常にイレギュラーを求められる
戦場では、通常数値などアテにならない。
 一通りの型どおりのシミュを終えると、
「もう一度っ」
さらにスピードを上げ、エネルギーゲージを回した。

 ナナイ・ジョンソン准尉はなかなか優秀だ。今回が初対面だが、戦闘員らしい
闊達さが気持ちよい。(組みやすいな――)そう思う。
(このくらいの隊員がウチにも欲しいものだが…)
本部の女性隊員でここまでやれるのは少ないだろう。安定感もある。
若いがエース級だった。

 
 「お疲れ様ですっ」
スーツを脱ぎシャワーを浴びようとした処を敬礼された。
「あぁ――ジョンソン准尉。なかなか良かったよ」
めったに褒め言葉を口にしない佐々だが、率直な意見だ。
「はいっ。ありがとうございます」紅潮した顔で向き直る。「――少し教えてくれな
いか」「は、はい、なんでもっ」
着替えようとしていたことも忘れ、佐々は機体の操作上の疑問点についていくつ
かの質問をした。それに適切に答えていく、ジョンソン。
「――もちろん、現在の機体は1機ずつが原型ですから、微妙に機能も、反応も、
何も違うのですけどね。それに――現在のシーファイブは私に合わせて調整され
ていますから」
「やはり、あの電流のような刺激はシナプスを読んでいるのか?」
「…あぁ、最初は気になりますね」
電気的な抵抗が若干ある。痺れるとか気に触るほどではないにしても。
「男の人の方が生理的に合わない人が多いようですよ。ひどい頭痛を起こした例
が何度もありますから」
「――女性の方が適応すると」
「そのようですね」

 汗を流し着替えたロッカー室では、ジョンソンが待っていた。
「いかがです、今日は。これから」そう誘いをかけられた。
ん〜どうするかな、と佐々。マリアンヌに義理を立てる必要はないとしても。ビ
バルをこのまま捨て置いて大丈夫だろうか? 
……だからといってまたあの部屋に戻って、女性軍のチョコレート攻勢に晒され
るのはご免だった佐々である。
「あぁ、行こうか――世間はバレンタインだそうだが。どこか旨い酒保でもあれ
ば…」
「もちろん、私たち士官が行く店が…」
 「お待ちくださいっ!」
高い声が会話をさえぎって響いた。
「ひどいっ――お待ちしてましたのにっ」「皆、お話するのを楽しみに!」
「チョコレート、持っていってください」
わらわらと、事務官の女性たちがロッカールームから玄関へ向かう口をさえぎっ
ている。その先頭にいるのはビバル軍曹だった。
恨みがましい目をされても――困惑するばかりだ。
 「な、何の用だ?」
しらばっくれ通そうという佐々に、「中尉っ。私たちの気持ちも――」
「皆、中尉のファンなんです」
「私なんか、本気で好きなのに――」
佐々は呆然として、
(ダレでもいいから、助けてくれ…)と思った。

 
背景画像 by 「素材通り」様 

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