air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・バレンタインの夜・・・


(7)
 
 結局、皆で食事に行くことで妥協した佐々である。
勢いのついた集団の女どもは怖い――というのは身に沁みている。

 「素敵ですわぁ」ぽおっとした目をしてうっとりと言ったのは、ラナ・クスコウ
軍曹である。ビバル軍曹と仲の良い彼女は、通信士官で、スラリと背が高い
なかなかの美形。テストパイロットとしては世話になる相手でもある。
「ヒト型の場合、オペレータの仕事ってのは重要なんだな」
個人的プライヴェートなことをあまり話すのは好まなかったので、 ふとそう言うと、クスコウ軍
曹は嬉しそうに笑った。
「そ、そう仰っていただくとっ!」
胸の前で手を組み合わせ、舞い上がりかけている。
「――CT型戦闘機ですとそうじゃないんですか?」別の子……たしかミレイと
いった、がそう言った。
「うん……もちろん、データを呉れるオペレータは重要だよ。コンマ秒の戦いだ
からな、戦闘機のファイトってのは」
「指揮官とのコーディネーターとしてのオペレーションよりも、むしろ正確で的確
なタイミングのデータの収集と提供、ですね」上級オペレータだそうなナンシーと
いったかな、そばかすの女性が口を挟む。そうだ。森ユキと太田や相原は破格
の実力の持ち主で、その薫陶を受けたヤマトのオペレータたちは物凄かった。
 「そうよ。ヒト型よりよほどシビアな世界だわ」
少し離れた席で、少々憮然としながら座っているジョンソンと、仲間の戦闘員だ
ろう、その2人が莫迦にしたようにそう言った。
「ふふん、気づいた時には消えてました、ってね」
「そうそう。コンピュータの方がずっと信頼できる」
「ひ、ひどいっ」
かっとして立ち上がりかけたのを、まぁまぁと葉子は留めた。
顔を上げて、ジョンソンともう1人、ナタリア・シャーリー准尉に、あまり言うなと
目で抑える。
 「准尉たちは航宙機の経験もあるのか」
「―― 一応」「実戦経験はないですけどね」
ゆるりとそういう答えが返ってきて。
CTコスモタイガー宇宙そら飛ぶのは夢でしたし――」
「そうか…」

 ねぇねぇ、佐々中尉。ですからぁ。
回りを囲んでいる女たちにせがまれて視線を戻す。
そっちに持っていかれそうなのは不満なのだ――邪魔なさらないでください。
そう無言でナナイとナタリアへ向けられた雰囲気に、多勢に無勢。2人は顔を
見合わせるとまたもとの姿勢に戻った。――どうぞ、ご勝手に、というところか。
 ふだんどんな暮らしされているんですかぁ? お好きな色は? ふだんどんな
もの食べてらっしゃるんですか? お洋服のブランドとかお好きなのは? え?
何でも良い? お好きな方は? いえ加藤隊長のことは知ってますぅ――え?
どんなですか? お優しい? え? お家に帰らないですって? 出張、多い
んですか? どんな所へ行かれました? 内惑星の基地ってどんなところです
か? 月ってすごく賑やかだって本当ですか? 温泉お好きだって聞きました。
北米も地形が変わって、あちこち温泉湧いてるんですよ、列島とはまた違って
素敵ですから今度ぜひ、ご一緒に――もういちいち考えるのも面倒なので、
問われるままに、(四郎のこと以外は)答えている佐々である。
 確かに食事は悪くなかった。
高い処ではないし――米国人にグルメを期待する方が間違っている。ちょっと
したパブのような場所で、酒もつまみもまぁまぁだし、雰囲気がまぁまぁ良い。
「ジャズか――お前たちの文化だな」
BGMにかかっているのは、おそらく有名な曲なんだろう。底辺を刻むリズムの
ビートがなんだか懐かしく、心地よい空気に酔わせてくれる。
赤い顔をして回りを囲む女性たちは居心地が悪いことこの上なかったが、ほの
暗い中間照明で気にしないでいようと思えばできないことはない。
……だいたい、佐々は。大勢で話したりツルむのは苦手なのだ。
 彼女たちの“一生懸命”はわからんでもないが。
「お前たち――何かほかに向けることないのか」
何度目かの質問に答えながら葉子はそう言った。
「好きな男の1人や2人、いるだろ?」
いくら基地が女性ばかりだといっても、外に出れば男が居ないわけではない。
バレンタインにこんなところで時間を遣っているよりは、ただでさえ男は貴重な
んじゃないのか。
「うちの国の男どもなんて――ダメですよ」と1人が言った。
「私は、日本人がいいわぁ。真田長官なんてすっごく素敵だったし…」
おいおい…生き残った自国の貴重な男性陣が泣くぞ。
「ばぁか、あの方さなださん結婚してるわよ」
「いいのよ。別に結婚したい、ってわけじゃないし」なんだ、普通に男も好き
なんじゃないか。
「――私は、佐々さんがいいです」突然、真正面からそういわれて、ギクりと見
るとビバルだった。「最初っからそう言ってるじゃないですか。BFはいるけど、
貴女みたいに素敵な人はいないわ」――少し酔いも手伝っているのか、目が据
わっている。
葉子は思わず少し体を引いた。
 「そうよねぇ、エミはもともと本気だし」
「そうそう。……でも私たちも皆、佐々中尉のファンなんですからぁ」
「ねぇ中尉、ご一緒に楽しいことしません?」
−−(げげっ)
アメリカ女は積極的である。相手の都合ってものも…。
身の危険を感じてしまった葉子であった。

 「いい加減にしとけよ、お前ら」「中尉が引いてるじゃないか」
いつの間にか背後にナナイとナタリアが立って、皆を睨みつけていた。
「そろそろ良いだろう? チョコレートも受け取ってもらったことだし、中尉も
連日の搭乗でお疲れだ」
「そうそう。さんざん話もしただろう」また、下世話な三流週刊誌みたいなネタ
ばっか、とナタリアが呆れるように続けたが。
「中尉、行きましょう」ナナイの方に促されて、
「そ、そうだな。悪いね、皆。今夜はありがとう」クレジットを払おうとするのに、
「いいんです、今夜はご招待ですから」と誰かが言って、「そうです。嬉しかった
です」「あ、あの、これ!」連絡先を渡そうとする者たちでごった返した。
 つい受け取ってしまった紙片を胸ポケットに納めようとすると、あちこちから
それを押し付けられ、仕方なく全部受け取る。カードをあらかじめ書いてきたり、
写真が入っていたりと……このマメさはやっぱり農耕民族は狩猟民族には叶
わない、と改めて思う葉子なのである。


 

 店を出て、何となく2人に連れられる格好になって並木へ出た。店のある繁華
街から居住区へ続く道は、ところどころベンチと街路樹が並ぶなかなかの空間
である。完全に計画都市として再構築されたこの都市国家は、自然の乱雑さが
むしろ無い。
 店が見えなくなった途端、全身の力が抜けて、葉子はよろめいた。
「お」と横を歩いていたナナイが腕を支えてくれる。
「あ、すまない…」
日本人としてもあまり大きな方でない葉子は、ナタリアとナナイの間に入るとよ
り小柄に見える。だが、なんとなくホッとしたのも確かだったろうか。
戦闘員同士―― 一度共に飛んでみると、わかることや通じることがある、とい
うのは案外、本当のことなのかもしれなかった。それは時には敵同士でさえ。
刃を交え、戦いに対面した時ですら。
「――緊張されたんでしょ」くすりと笑うようにナナイが言った。
女性らしい柔らかさなど無い女だが、戦場渡る女共通の匂いというものがある。
こいつになら背中を預けられる、とでもいうようなものだろうか。
「いや」もともとの無口で無愛想ぶりに拍車がかかっても仕方なかっただろう。
営業用のスマイルも、仕事上の愛想振りまきも必要とあればできないわけでは
ない葉子だったが。
「まぁ、うちの女どもは姦しいのが多いから、ご迷惑かけますよね」
柔らかい声音トーンの持ち主であるナタリアがそう言った。
「迷惑――ってわけじゃないが。……あぁいうのは、苦手だ」
くすりとナタリアが笑う。「照れ屋でいらっしゃる…」好意を受けるのが苦手、
なのだろうなと2人は解釈している。
けっして暗い人ではないのに、褒められたり慕われたりするのとイヤな顔をする。
ぶっきらぼうで無愛想なのはその所為だろうと。
そのシャイさが、彼女の小柄で若く見える容姿と、それと相反する実績、そして
実際に戦闘機を駆る姿――それと相まって憧れられるのだ。そんなことはとうに
承知している2人である。
 「飲み直す元気、ありますか?」
もともとは、こいつと飲みに行こうと言っていたのだ。
時間はさほど遅いというわけではない――明日は休みだし。とはいえ、チェック
だけはするために出ようと思っていた葉子ではあったが。
まぁ、いいか。
「――言っとくけど」上目使いに見上げて葉子は言った。
「不埒なマネは、無しだぞ」
くすりと2人は受けて笑った。そういうことを言う程度には、葉子も彼女たちには
気を許しているということなのだろう。
「わかりましたよ、品方公正にお送りしますって」
「送ってなんぞいらん。お前らだって女だろうが」「はいはい」
「良いバーボンの店があるんですよ」
「そこの親父がまた、化石みたいなやつでね…」
 3人の声が街路樹の向こうに消えていった。


 

 
背景画像 by 「素材通り」様 

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