air icon 放熱−迷惑なその日



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・・・愛を囁く日・・・


(5)
 
 米国の本部基地は、ごく初期の頃の遊星爆弾にやられ、もとのペンタゴンは跡
形もなかった。北米地域で地下に都市を建設しようというプロジェクトがスタートし
たのは非常に遅く、多くは個別に用意された核シェルターで凌いだため、多くの
犠牲を出し、都市ごと壊滅した場所も多かった。真っ先に標的になったのはNYと
ワシントンで、そういった意味では小さな島国だった日本や英国においてTOKYO
やロンドンといった主要都市機能が生き延びたことと対照的である。だが辛うじて
ボストンは、都市機能を地下に送ることに成功した――。
 工科大学にある軍の管轄研究施設に入ったばかりだったマリアンヌは、壊滅し
ていく軍の組織の中、若くしてそれを守り伝え、米国と米国人を――そしてもはや
地球人類という種を守る人間として、生かされ逃がされて此処へ来た。
「どのくらいの者が本土脱出に成功したのかはわからない。…海底火山が爆発
して、もう、めちゃくちゃだった……一緒に逃げた仲間たちも、ほとんどが…」
少し時間が経って、各国の様子を知りたいと思った葉子に答えて、彼女はそう語
っただけだった。「――全地球プロジェクトに協力する。今は日本が主導するのも
仕方ない。地球が生き延びるためだから…」そうも言った彼女は、葉子より2つ
年上の、まだわずか20歳だった。


 

 月には研究施設もなければ設備もない。だからたいしたことはできないとわかっ
た時に、すぐに「地下都市へ降りる」と言った。
 システムの違い、その他様々な問題はあるにせよ、一線の知識を持った科学者
が前線にいてくれることは基地としても心強く、安全の保障のかわりに残留は願
われたようだったが、彼女の意向はもとより上層部の意思は固く、「アガタを地下
都市の本部へ戻せ」という指令が下っていた。
 だから滞在は短かった。葉子自身も慣れぬ仕事の合間ゆえ、たいして接触が
あったわけではない。最初の2日は警護に付き添ったが、それ以降はつききりと
いう必要もなく、また葉子にもその仕事がある。ただ、機体の整備や調整に付き
合ってもらい、いろいろな知識を得たりもした。
 明日は出発という日に、酒保へ呼び出され、食事をしただけだ。

 「世話になったわね」
まだ余裕があるという表情ではなかったが、最初の頃に比べると格段に落ち着き
を見せていたマリアンヌは葉子にそう言って手を差し出した。
不安――人に対して? 自分に対してだろうか。緊張が日々押し寄せてくるよう
な戦時下の日々。誰もが余裕などなかった。若く、切羽詰った表情の2人は、そ
うやって向かい合っていた。
「――何をしたわけでもありません。ご無事で。ご成功を祈ります」
佐々はそう言うと、差し出された手を握り返した。
 すると、ふい、とその手を引かれた。体が前にのめりこむような格好になり、気
づくと、首を抱え込むようにしなやかな細い手が回り、唇に温かい息がかかった。
(んっ! な、なに…)
相手が女で、非戦闘員で、警護対象で、客員だと思うと、咄嗟に投げ飛ばすこと
もつき飛ばすこともできなかった。ふっと力が緩んだのは、彼女自身、人の温か
さに触れることがなくなっていたからだろうか。……孤独を包んでくれた山本あいつ
もう、居ない。最前線の宇宙うみで、生きているのか、そうでないのか…。
それぞれの戦いに、日々を過ごす。
その隙間をつかれたか、本格的にかまされて、頭の芯が一瞬白くなった。
 や、やめっ!
とん、と胸を押す格好になると、反対の手で手首をつかまれた。――じっと、その
目が見つめていて少し潤み、微かに笑みがあった。
「……ふざけるな」低い声で言うと、
「ふざけてなんか、ないわ」初めて聞いた物言い。
 「最初から、ね。好きだったわよ? 貴女が」
手首をつかんだまま、静かに言う。
「――お前、同性愛者エスか?」
「なんとでも」動揺した様子はない。「応えてくれたじゃない? 慣れてるのね」
カッと葉子の頬が赤くなった。――ざけんなよっ! そう言って振り払った。
 照れなくてもいい――別にどうこうしようなんて思ってない。でも、出会いは、
大切だわ。そう言って「……もう一度、キスして、いいかしら?」
真面目な目でそういわれた。
葉子は微かにかぶりを振り、キツイ目をして見返したのだろう。
ふっと相手の表情が緩んだ。両手を拡げ、まいったな、という顔になる。
 「わかったわ。――でも、またお会いしましょう」
少し躊躇した後、葉子は即座に答えた。
「あぁ、生きて。ください。――場を……見つけられることを祈ってる」
「やってみせるわよ――こんな時代だから、こそ」
 そのまま別れた。
一方は地上へ、一方は月へ残り――そしてヤマト計画が発動した。

 それ以来、イスカンダルへの旅を終えても、その後の月での不思議な1年間
にも、ガトランティスとの戦いのあとでも。消息など知れなかった――また興味
も無く、忘れていたのである。


 

 再会したのは、デザリウム地上戦後――ペテルにいた頃だった。
 再興した米国の都市帝国のひとつに戻り、そして地球防衛軍北米支部に所
属を移したことを、その時知った。
(生きていたのか――)
その時、北支部職員としてプロジェクトを共に過ごし、そしてまたディンギル戦
の前に、北欧でも共に仕事をした。
戦闘機器開発の専門家であり、それと人間工学をともに専攻。――より戦闘
マシンである人を育てるつもりか? そう思うほどに、その能力は、戦いへ、非
人間的な方へ特化していったように思わないでもない。
 それが、今度は――ヒトガタ戦闘機か。
 
背景画像 by 「Littel Eden」様 

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