宇宙そらを見つめて

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 「ねぇ眞菜実」
「なによ」
「艦長さー、あんたに妙に厳しくない?」「そう?」
 旅も半ばを過ぎた。
あれから特に事故もなく、気合を入れなおした眞菜実は忙しいとか疲れを感じる
暇もなく、時間があれば仕事の精度を上げることにまい進したため、航法部門は
確実に艦を目的地へ導いていくのに多大な成果を上げていた。
同期の仲間にそう言われた。
「十分仕事してると思うんのにね。なんかやたら怒られるみたいじゃない?」
「う、うん…」そーなのかなぁ。
 「でもなー。声かけてもらえるだけで幸せだぞ」
横から同僚で先輩の南が言う。
「人によっちゃー、贔屓してんじゃないかって噂飛んでるくらいだし」
と首をすくめて。
「じょ、冗談……」じゃないですよ。
私は。見捨てられないように、必死なだけなの。
抗議するような目で見たのかもしれない。
「冗談冗談――いや、期待されてるってことっしょ。がんばろーぜ」
と優しい先輩である。
「まーな。腹心の部下の愛弟子ってことだ、目かけられんのは仕方ねぇよ」
とこれはチームリーダーの旭川。
眞菜実が太田の直系の弟子であることはこのクラスになれば皆、知っている。
配属が決まったのもその後押しがあったからだともいわれているのだ。
「艦長何でもできちゃうからなぁ。太田さんみたいなサブ、欲しいだろうな」
もちろん副航海士もいれば航法主管もいるのだが。
「まっ、がんばれよ」とまた肩を叩かれて、
「そんな余裕ないです〜。先輩たちについていくだけで精一杯なのに……」
と情けない顔をする眞菜実である。それにまたどっと笑う管理室の面々。
 一生懸命で、仕事ができるくせに、そんなことは全然思っていない。
良くいえば謙虚で、悪くいえば少し鈍い? そういう彼女は、軍や輸送艦でこう
いう位置に就いている職人気質でプライドの高い人間の中では特殊で。
そんな処は人気があり、かわいがられる所以だった。
 (島さんもな、もしかして、カワイイんだったりして)
(――艦長も人の子、ってことか)
(まさかなぁ、ないない)
(いや、わからねぇぞ)
……そのくらいは注目をされていることに、気づくような眞菜実ではなかった。


 第10艦隊の旅は長い。
その緊張を保ち続けるのは並大抵のことではなかったが、訓練学校を別科とは
いえ卒業し、軍人としての訓練も受けている眞菜実はその若さからくる体力と
情熱もあって、ひたすら努力を重ねていった。
そして8か月という長い旅が終わる頃には――いっぱしの航法士として仲間の
うちでも認められるようになっていたのである。
 「よう、お疲れさん」
地球へ久しぶりの帰港。荷物をまとめて甲板へ降りようとしていた眞菜実に、声
かける姿がある。
(か、艦長――)
慌ててばっと立ち上がり敬礼する。
あぁ、良いよ、という顔をして、島大介は「多賀――よくがんばったな」
そう言った。
 その、少し困ったような笑顔は、めったに褒めることをしなかった厳しい上官の
姿しか知らなかった眞菜実の胸を、何故か突いた。
「――すぐに“新米”じゃなくなる。君は最初の失敗にメゲずよく研鑽した。
これからも期待しているよ」
そういわれて、涙ぐみそうになり、慌ててそれを抑えた。
「あ、あのっ」
島の背を追うように声をかけた。
「なんだ?」と島。
「い、いえ…」 もっと話がしたかっただけだ。このあと任務が解除されてしまえば、
また一緒に働くことができるのかどうかわからないから。
 「君は、迎えは?」
ぶんぶん、と首を横に振った。
「そうか――」
「わ、私は」
父親が早世したことなど身上書で知られているだろう。
母は仕事が忙しくて、それでも元気で働いているというだけが安心という家族
だ。弟が1人――もちろん、恋人みたいな人もいない。
「なにか、あるのか」
「あ、あの……艦長」続きを促すように彼は黙って見た。
「ありがとうございましたっ――わ、私。艦長の下で、働きたいです。次の航海
も、できれば、この艦に乗りたいんです」
思い切って口にした。今の眞菜実に、それ以上の望みはなかったから。
島は「ありがとう」とそういうと踵を返した。
「ゆっくり休みたまえ。長距離航行艦の休暇は長いからな、有効に使えよ」
はい――そうだけ答えて。

 あぁ、そんなこと聞きたかったわけじゃないのに。
島さんは地球に降りて、どうされるのだろう。恋人とかいらっしゃるのかしら。
艦内ではそんな話は聞かなかったけれど――昔、とても愛していた人を亡くさ
れて、それ以来1人だって。風の噂に聞いたわ……。
 複雑な気持ちで、去っていった島を思う眞菜実であった。


 
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