宇宙そらを見つめて

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 幸い、次の勤務も島の艦だった。

 実は、一度配属されればそんなに配置転換があることはない。
ただ技術部門はその就航の目的によって入れ替えや配置転換はあり得たが。
配属が発表され張り切る眞菜実に、寿美枝が言った。
「よかったわねー。新規配属から2回連続して配置されたら、後はおそらくその
まんま、なんじゃない? ここの通例よね」
「なら良いんだけど〜」
「良かったじゃない? あの時、飲み屋で会えて」
「もうっ。寿美枝ったら――私は艦長のことなんて、なんにも」
「あら?」彼女は面白そうな顔をした。「別に私、島さんがどうの、なんて一言
も言ってませんわよ」ニヤニヤと笑うのに、からかわれたと眞菜実は知った。
「もう、知らないわ。寿美枝なんて――あんたこそ、ライバル蹴散らしてブラ
ジリアなんでしょ。頑張りなさいな」
「もち、のろん、よ。もう、一生分頑張っちゃう!」
 元気に挨拶を残して、科学省本部のあるブラジリアの、真田研究室配属へと
張り切って去っていった友人である。


 次からの航海は、ピストン輸送的な短いものが年5本、というコースだった。
1度の旅が6週間。10日ごとの地上勤務と休暇を挟み、また艦上の人になる。
そういう場合は、めったに人の入れ替えは行なわれなかったため、第10艦隊は
なかなか結束も固く、良いチームと評判をとることになった。
特に、旗艦《わかしお》は島艦長以下有能である。
多賀眞菜実もその一員として、自覚と誇りを持ち任務にまい進していた。

 「多賀も随分、慣れたな」
「はぁ――なら良いのですが」
振り返り、背伸びして手元のモバイルデータにアクセスしながら、収納スペース
に収められている紙の貴重資料を引き出しながら眞菜実は、上官の航法士・
旭川に答える。
手際よく入力しているその数値は、この先の3パターンを集積し、宇宙嵐が起
こっているという空域の詳細データを過去歴にさかのぼって調べるため。
「島さん――紙のデータなんか好きだよな」
「そうですかぁ?」
「あぁ――ここみたいにこんなデータの残し方してるものはない」
「複製禁止、なんじゃないんですか」
旭川はびっくりして多賀谷を見返した。
「アタリ、だ。よくわかったな――あー俺、まずいか。口外無用だぞ、それ」
「あ、はい――」
 島が開発したいくつかの航法や、太田らとサーチした航路のパターンは、基
本的にすべて軍の研究班に回され、解析され、また科学省にも回されて惑星
解析に役立てられている。
だがごく一部のみ――複製禁止の資料があり、それは島と、真田だけが持っ
ていると言われていた。初期のヤマトによる。イスカンダルとシャルバートへ
行った際の、ごく一部のデータのみ。
あとは島が個人的に開発した研究途中の資料なども、ペーパー化されて船に
積まれているともいわれる。
――眞菜実がいじっていたのは、その、後者の方だ。
 (それを任されているんだからな、多賀も信頼されているってことだ)
旭川はニヤリとしてまた、高い位置で資料に張り付いている部下を見上げた。

 慣れてくれば、輸送艦の仕事にも生活が生じてくる。
丸6週間の間、その中で暮らし、共に寝起きし、顔を見合わせて暮らすのだ。
互いのことには触れないまでも――なんとなく見えてくることもある。
……注意してみている相手なら、なおさらのことだ。

 報告を持って艦長室に上がると、いつものように厳しくも短いやり取りが交わ
される。
ふと、言葉が途切れた。
(艦長?)
眞菜実はその間も彼から目を離すことはない――この艦長室からの眺めは、壮
大で、美しいが。1人でここにいるのは耐え難いのではないだろうか――寂しく、
孤独な眺めでもあった。
宇宙と1人向かい合い、その行く先を見つめ続けて。
艦長はそうやってずっと、戦艦にも、輸送艦にも、乗り続けてきたのだろうか?
 「多賀――」
は、と気づく。「はい」
「完璧だ――ありがとう」
パタリと書類を伏せて島は顔を上げた。――その目は穏やかに澄んでいる。
 (幾つだっけ、この方――)
ふと、眞菜実にそんな想いがよぎった。
澄んだ黒曜石の瞳――貫禄はあるとはいわれるが、細身で、年齢よりも若く見
られるという顔。数々の華々しい経歴と、それに相反するような静かなたたず
まい。
 「どうした?」その島がふっと笑った。「俺の顔に何かついてるか?」
いつもにない、穏やかな瞳。
「し、失礼しましたっ!」慌てて敬礼をし、身を引き締める。
「あぁ…いいよ。ぼぉっとしていたのは俺も同じだからな」
 そう答えると、眞菜実がいるのにもかかわらず、島はいすをくるりと半回転させ、
窓の外を眺めた。
「宇宙が――近いな」
はぁ? と彼女は思う。
近いって――その宇宙のど真ん中におりますけど、艦長。
 若い彼女には、その島大介の想いはわからない。
 「座らないか…」
島が眞菜実に言った。「へ?」と思う眞菜実。
「どうも、話をする時、女性を立たせておくのは抵抗があってね…」
くるりとイスごと振り向いて、悪戯っぽい、とでもいうような目で島は言った。
「そ、そんな…ここで結構です」眞菜実は緊張している。
「いや、お茶でも飲まないか――仕事が上手くいったお祝いだ」
にこりと島は笑う。
「わ、私などでよろしいのですか?」内心は、嬉しい。
艦長と2人きりで話をするのは、そりゃぁドキドキするし緊張するけど――そん
機会チャンスはめったにないのだから。
「あ、あの――そしたら私。お茶入れます」
「あぁいいよ……俺がいれよう」
すっと立ち上がった島は、傍らに付いている小さな棚の上から紅茶の缶を取り
出した。
「天然ものだよ……俺は珈琲の方が好きなんだけどね、疲れが取れると以前、
加藤にもらったんだ。おかげで重宝してるさ」
「加藤――三郎隊長、ですか?」
かちゃかちゃとポットをいじりながら鼻歌を歌わんばかり。
元ヤマトの同僚、加藤三郎戦闘機隊長のことは知らない者はない。
現在は月基地の総司令のはずだが。
「そうさ。――加藤の嫁さんがな、紅茶党で。世界中からいろいろ集めてくるも
んで。時々、呉れる」楽しそうにそう言った。
「ちなみに嫁さんもヤマトの同僚――ってあぁ、そうだ。この間会ったな、君」
 眞菜実はふと気づく。あぁ、あの方――佐々大尉。加藤三郎さんの奥さん
なんだ。

用意、できたぞ、と手ずから入れてくれるお茶。
なんだかほわんとして、幸せ。
――特に何を話したというわけではなかった。
島を見て、その声を聞いて、話されるあらゆることが貴重で――録音しておき
たいくらいだ。
そう思うということは、眞菜実は相当、島に参っているわけである。
島も終始楽しそうに――まだこれから行くはずの惑星のこと、珍しい銀河系中
央の星々のこと。眞菜実も航法士の端くれであるから、遠い銀河宇宙のことに
は興味があった。いくらでもその話を聞いていたい――
「ガミラス人も地球人と同じなのですか?」
 通商を開き、限定同盟を結ぶためにガルマン=ガミラスへの長征を成し遂げた
際、デスラーが短期間に築き上げた帝国の隅々を見た。
「……好戦的な種族であることは仕方ないな。彼らの生活環境がそうさせてき
た――敵にまわすべきではない相手だ。あの科学力の前には、再び何かあった
時、地球は成す術もないよ」
ガトランティス戦の最後と、デザリウムとの戦いの時に、デスラーがヤマトと共
闘したと報道され、地球の人々は半信半疑でそれを受け入れた。
だがやはりガミラスの遊星爆弾で知人の多くを失い、そして地下都市での苦しい
生活と放射能の恐怖を覚えている年長の世代たちは、今は母星を失いガルマン
帝国として銀河中央を統べるというデスラーを受け入れがたい。
だが、地球のあるマゼラン腕の平和が保たれているのは、そのガルマンあっての
ことだ、と軍はことあるたびに、それを喧伝しなければならなかった。
また実際にその通りであり、ある程度は盟約として、戦士たちは銀河系中央へ
旅立っていく。またそこで功績を挙げたのも、島艦長の親友で、第15艦隊の最
年少提督を務める古代進艦長である。
 ――多賀。君、恋人とかいないのか?
ふっと明るい目をして、艦長が気軽にそう言った。
え? ……突然にドギマギした。い、いません。そんな人!
思わず鋭く言い返してしまい、むしろ島が驚いた。
「い、いや…別にプライヴァシーに介入しようって気はないんだ。俺たちみたい
な職業は相手に辛い想いをさせるからな。女性はましてや大変だろうなと思った
だけで…」
何故か島は少し赤くなって、言い訳のようにそう言った。
「そうか……いないのか? 別に査定に響くというわけではないからな、彼氏と
ラブラブ、でも別に文句は言わないぞ――知っておけばシフトも融通が利かせら
れる」
いつもの調子を取り戻した艦長はからかうように言葉を向けてくる。
「居ませんっ――わっ、わたしはっ。島艦長の艦で働ければ、それで良いんで
すっ。艦長より素敵な人なんて、いませんっ」
一気に、勢いに乗って、つい、口が滑ってしまった。
 絶句する島大介に、つい、言いすぎてしまったことに気づいた眞菜実。
「あ、あの……今日はありがとうございました。こ、紅茶おいしかったです。
……こ、このままで申し訳ありませんが、失礼してよろしいでしょうか」
怯えたように立ち上がって、しどろもどろで問う部下に、
「あ、あぁ。つきあってくれて、ありがとう」
島もまた、少し焦って言葉を返す。
「失礼しますっ」
敬礼して、走るように去った部下のあとを、島ははっとして目で追った。
 ――眞菜実……。
若い、一途な彼女が、まぶしかった。


 
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