宇宙そらを見つめて

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 「あれっ、ねぇ。あっちのテーブル!」
一緒に飲んでいた寿美枝が、ひそひそ声だがすっとんきょうな声を上げて、眞菜
実の服を引っ張った。彰子や小百合も、そっちを見やる。
「うわぁっ、珍しい。島艦長…さんじゃない、あれ」
「ほんとほんと。素敵〜、生・島大介だ」
「なによそれ」
行き着け、というほどでもないメガロポリス外れの居酒屋で、眞菜実が友人た
ちと勤務明けを祝って飲んでいると、向うのテーブルに島大介の姿があった。
制服のまま、だから本部に出頭した日なのだろう。
 一緒にいるのは――うわぁ。太田教官せんせいと、もう一人の若い人は
知らない。それに女性? 制服からすればやっぱり尉官なのかしら。
きりっとした顔立ちのキレイな人。
 4人の目線が一斉にそちらへ向く。
太田が気づいて手を振った。
「やぁ、多賀じゃないか――」
あとの3人も振り向いて、眞菜実たちは緊張して立ち上がった。
「教官――それに、艦長。ど、どうも」
 敬礼すべきなんだろうが、ペコリと頭を下げる。
「飲み会かい? 俺たちも久しぶりに会ったんだ。どう、お邪魔じゃなければ
こっち来ない」
太田に声をかけられて顔を見合わせる面々。そりゃ、行きたいけどー。
 島をちらりと見るとゆるりと笑っていたので、少し安心する。
小柄な女性の方がどうぞ、と席を作ってくれる。
「訓練学校で教えた子なんだ」と太田が紹介し、「そう」と彼女は微笑んだ。
「島さんとこの部下だよ、今は」
「へぇ」と目が丸くなり、あぁキレイな人だなと改めて思う。
――もしかして、島さん…。ちょっとドギマギした。
 がたがたと席を移り、「お邪魔しま〜す」なんて。
ミーハーな彰子なんかはちゃっかり島さんの横に座ってしまって。
眞菜実はドキドキしながら斜め前に、太田教官の横に座った。
「どうだ、多賀谷。島さん、厳しいだろ」と酒を注がれながら問われるのに、
「いえ、そんな。毎日勉強することばかりで」
と焦って答えるのに、太田さんは「な」と島艦長の顔を見た。
「まぁな」というばかりで多くは答えない。
「おい太田、島にそんなこと本人の前で言えってのは無理だぞ」
女性が声を挟んだ。
「こいつの“鬼”ぶりはお前がよく知ってるだろ」
と言った。さもありなん、と4人が笑う。
 「あ、あの」と小百合が立ち上がって、「私たち多賀眞菜実の友人で」
「科学技官の川畑寿美枝です」寿美江は戦艦乗りらしく軽く敬礼をした。
「看護師の東野彰子です」
「三田小百合です。エレメンタリーの教師をしています」と自己紹介した。
 「島と太田は皆、知ってるのかな」
とまた女性が声を挟んで、4人がうなずくと、
「私は佐々葉子。本部機動隊の航宙機部門の副班長をしています。島とはヤマ
トの同期だ」
と、それまで無口で静かに飲んでいた若い人……私たちより少し年上かな、と
いうくらいの人に目で促す。
彼は、どうも、と頭を下げただけ。無口な人なんだな。
「野々村アズナブル・サジオ。総合士官で私の腹心の部下だ」
と島の声が割って入った。その野々村は少しテレたように島を見上げる。
 総合士官――本業はおそらく航海士なのだろう。航法を操りながら戦闘士官
としての資格も持つ者……例えば島さんも本当はそうなのだ。
もちろん逆もある。戦闘士官でありながら通信技術や航法技術も持つ――例
えば外周艦隊司令の古代さんやひところ古代さんの副官を勤めていた相原さん
のような人。現在、そういう道を選ぶ者は多くはない。
 そう思って改めてよく見れば、野々村さんは物凄く美形だった。
不思議な光を放つ瞳、浅黒い肌。
お名前からすれば異国の血が混じっているのかもしれなかった。
あれ、でも? “腹心”て言ったよね、いま、島さん。
「あまり優秀すぎてな――俺の艦にはもらえなかったのさ」と島がまたグラス
を口に運び
「今その愚痴聞いてたとこだよね」と佐々が笑った。

 「君たちは今日はオフなのかい」
太田教官せんせいは人当たりが良い。
仕事には厳しいけれど、人の気持ちを逸らさないで話題に引っ張っていってく
れるのはとてもありがたい。皆、嬉しくて緊張しまくりだもの。
 その夜は短いけれど楽しい時間だった。
有名人とお知り合いになれて大喜びの彰子と小百合は、その身近に接して人
柄にもばっちりほれ込んだみたいだったし。
私は島さんのオフの時の素顔(?)が少し見られた気がして、嬉しかった。
太田さんや佐々さんの前では無防備な子どもみたいなところがあるんだな。
同期と言ってらしたけど、佐々さんの方が年上なんだそうだ。
島さんと凄く仲良さそうだったから、ちょっぴり心配になったけど――
「この怖いお姐さんな、これでも熱々のダンナ持ちだ。――加藤はどうした」
と島さんが言って。
「いたら飲みになんて来てるわけないでしょー。今、すっ飛んでってて火星の
彼方よ――」と少し照れたように笑い、
「相変わらずお熱いことで」と茶々を入れて
「うるさいっ」と殴られていた。ひゅーひゅーと太田さんが合いの手を。
そんな艦長も太田教官も初めて見る。
 終始黙っていた野々村さんは、それでもけっこう楽しんでいたのだそうだ。
もともと無口なんだそうで――「あれでも少年の頃はくるくる元気で可愛
かったんだけどな」と佐々さんが言って、その時だけ
「昔のことは言いっこなしですよ」と、唯一拗ねたような顔をしたのが印象的
だった。
…眞菜実にはその気持ちは、わかるような気がした。


 野々村さんは、島艦長が、好きなんだ――。
その天啓は突然だった。その姿と様子を見て突然、わかってしまったのだ。
 だから。
一緒の場に居ることや、話をしているのを聞いているだけで満足なんだわ。
直感、とでもいうのだろうか。
男の人だから、どういう意味での“好き”かはわからなかったけれど。
それでも、島さんに向ける柔らかく熱心な想いは何となく伝わってきた。
 「野々村さん」帰り際に声をかけてみた。
ん? と見下ろされて。
「現在、どちらの部署にいらっしゃいます?」と訊ねた。
また、機会があれば話してみたいと思ったのだ。
「……次の戦艦が決まれば宇宙に出ますが。現在は本部第三宇宙局の
勤務です」結城参謀の処だ――。
「君は」と問われ、
「戻ったばかりでまだ。次も第10輸送艦隊なら良いんですが」
ついポロリと本音が出たのを、苦笑という風に笑われて。
初めて見た笑顔は、それでもとてもきれいだった。
「そうだね――島さんはあぁ見えて優しい方だ。悪いようにはされないと思
うよ」
とそれだけはこっそりと囁かれたのを、心強く思って頷いた。
……見かけは無愛想だけど良い人なんだな。
そう、思う眞菜実だった。



 
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