宇宙そらを見つめて

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 そして眞菜実は知る――。
島大介がなぜ1人でいるか。
誰を、愛してきたか――。
 時折、あれからも一度の航海に1度くらいは、艦長室で話をすることもあった。
それが艦内の噂になっていることも眞菜実は知っていたが、艦長も敢えてそれ
を気にしてやめようという風もない。――だが、サージャのことを尋ねられてか
らは、眞菜実は艦長室に長居することはなかった。
――いつかは告げなければならない。
彼の気持ちを私が言うことはできない――それは人としてあってはならないこ
と。だけれども。私が、私の気持ちを伝えることは、いつかは。
 気持ちが通じるなんてことはありえないとわかっていた。
あまりにも、生きてきた年月も、その重みも違う。
人格も、地位も――あの人は素晴らしすぎて。
その部下であり続け、共に星の海を航行できる――これ以上の幸せは、ない。
だからこそ、告げてしまえば。その立場を失うかもしれなくて――だからまだ、
早い。
辛さは、私の心の中だけに抱えておけば良いから。
 そして。その前に、真実を知らなければ。

そして眞菜実は知る。
 テレサという女神と――地球の、ヤマトの、哀しい戦いの真実を。




 航海も終わりに近い木星空域で、島大介は展望室に降り、そこから出航して
きたばかりの衛星・ガニメデを眺めていた。
――ヤマトに居た時はよく展望室に行ったなぁ…。
ふと苦笑まじりに島は述懐した。
艦長室とはどこよりも眺めの良い部屋で、進むべき進路の先の宇宙が、望め
ば前面に広がる。
その状態に常にしておくことに耐えられる艦長はさほど多くなかったので、いく
つかのパターンで外の景色を眺められるようシャッターを開閉できたが、島は
わりあい開いておくことも多かった。
何故なら――
(テレサ……)
 星の海が近付くほど、彼女が近くなる。
地球を離れるほどに、自分の体の中に生きているに違いない彼女の血が活性
化し、そして優しくいざなう気がするのだ。
宇宙うみへ――私の元へいらっしゃい、と。
テレサ。今でも愛している――俺はだけれども。もしかして……。
 島は指を組むと、それに頭をもたせかけたまま、外を眺めた。

 艦長がこんな威厳のない姿をしていてはいけない、と思う。
だが今は、艦内を動く者は少ない時間帯だ。

 だが。
コツと、微かな音がした。

「島さん――」
テレサのことを想っていた所為か、一瞬彼女の声のような気がした。
そんなわけはない、と振り向こうとして、多賀の声だと気づく。
 彼女の気配はそのまま、消えた。
 テレサの面影が、窓の外に広がり、島はその姿勢のまま顔を上げた。

 島は、展望室を離れ、航路検索のためにデータバンクへ足を向けた。
(多賀? どうしたんだ……)
逢いたいと、妙に思ってしまった。
何を、言いたかったのだろう。
 そう思いながらも、こちらから探すのはどうも違うような気がして、そのまま
データバンクへやってきた。
少し気になっていたこともあり、作業を開始する。
――そうなればそれで没頭していくのが島大介でもあった。

 突然、気配があった。
「艦長、こちらにいらしたんですね」多賀だった。

 「……そのままいらして、ください。こちらを向かないで」
 15以上年下の、部下。
懸命に働き、厳しいオーダーにもひたすらついてきて、いまやこの艦にはなくて
はならない存在だ。腹心の太田の、弟子でもある。だが、それだけではない。
一途に、ただひたすらに追って来る、やわらかい狩人だった。
 その想いに、絡め取られそうになっているのは、自分。
将来のある彼女に――ましてや自分の愛している後輩と、もしかして惹かれ
合っているかもしれない彼女。
――だから、気にしてはいけないのだ、と意識の外に追いやってきた。
(眞菜実――来るな)
 ふわりと、背が温かくなり、腰に手が回されて、島大介は驚いた。
驚いて、何をするでもなく、その温かみを背で受け止める島。
「そのまま、聞いてください。ごめんなさい」何故か、あやまって。
「艦長――いえ島さん。貴方が好きです――愛しているわ」
 最後の言葉を、ため息のように吐き出して、「多賀」と振り向いてその腕を両
手でつかむと、彼女は涙ぐんだ目で自分を見上げていた。
「こんな処でいけない。――君それに、何を知った」
「艦長。答えてください……私は貴方が好きです。たとえ貴方がどんな方で、
どんな苦しみを持っておられても――島さんは? 私がお嫌いですか」
 あまりにも真っ直ぐな告白。彼女は島をまっすぐ見返した。
微かに首を振る島。
「早まっちゃいけないよ……僕はもう、おじさんだし。君にはたくさんの未来が
あるだろう?」
いいえ、と彼女は首を振った。
「島さんのいない未来なんて――要らない。……ありません」
貴方が好き。
どうしようもないくらい。
――私なんて、子どもで。相手にならないのはわかっています。だけれども。
貴方の悲しみを私に欲しい。

「君は、何を知ったんだ――」
「テレサさんのこと……」どうして、と島は驚いた。第一級重要機密だ。
そうか……それでか。
サージャと眞菜実の会合は、そのためか……島はいまさらながら2人の共通の
興味が自分であったかと知った。
 (テレサ――許してくれるか?)
もはや自分の中にあった回答を、さらに求め、島大介はゆっくりと。
その、一途な部下の体を包み、静かに口付けした。
「島さん――しまさん」

 ぼぉっとした顔のまま、腕に包まれて彼女は泣いていた。
その声がまたテレサを思わせた。
「眞菜実――」「……島さん」
うっとりと、漂うように腕に包まれて。
「いいんですか、私で――今だけでも、それでも構いません。島さんが好き」
そんなことを言うな。
――常識という枠に囚われ、過去に囚われていたのは私自身。
君がそれを突き崩してくれた。
今だから言おう――私も、君が好きだったよ。
愛している――眞菜実。
 これからのことは、艦が地球に着いたらゆっくり話そう。いいね――。
 また深く口付けをされて、がくがくと体が震えてしまった眞菜実。
「し、島さん――膝が、震えて、私…」
「あ、すまん」
もう一度ぎゅ、と抱きとめて、すっと立たせてやる。
少し濡れた瞳が笑って島を見返していた。
 「ごめん、つい」少年のように頭をかいて、明るく笑い合った2人である。

小さな窓から、木星の光に輝く、その月が見えていた。

Fin

・・・エピローグ・・・
 
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