宇宙そらを見つめて

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 そんなことがあってから、島と眞菜実は、時々話をするようになった。
ただ、最後の会話があったため、しばらくは眞菜実は島の姿を避けるようになっ
てしまい、まともに口が利けなかったが――地球が近付き、業務上の必要事項
が増えると、必然的に距離は縮まる。
 「もう、怪しいなぁ、最近。眞菜実、どうなってんのよ、艦長と」
同僚に言われるほどに、顔に出てるのだろうか――だめだ。
艦長は、艦長よ。
大人で、地上に戻ればGFなんていっぱいいて。
人間的にも魅力的で、大人の女性たちが皆、狙っている――でも、何故お1人
なんだろう。

 艦隊は無事、一度目の航海を終え、地球へ戻った。

 寄航は10日。そのうち資材の搬出入と積荷の確認、各部署や惑星間の調整
官庁との対応などで半分はツブれる。
だが輸送艦の仕事は地上にいる時こそが大切で、ここで手を抜くわけにはいか
ないのであった。
 島大介はおそらく3日ほどしか休まないのだろう。
眞菜実が出頭した3日ほど、毎日のように本部で姿を見かけたから。
眞菜実はこの休暇期間中にやりたいことがあった――。
 そして、野々村に連絡を入れ、会った。


 意外にも素直に応じてくれた野々村は、2人で会うにはちょっと気を遣わなけ
ればいけない相手だ。長身で美形で、将来有望な総合士官。
そのわりに彼女はいない。だから、噂になってしまったら、ご迷惑だろうし。
――だが、その理由は、すぐわかった。
「僕もお会いしたいと思っていた。――旅の様子を聞かせてもらえますか」
少し大人びた静かなバーは、軍関係者御用達だそうで、チラチラと制服の姿も
ある。
「ここでは聞き耳立てるやつなんかいないから。マスターが怖いんでね」
島さんとも時々来るんだ、と彼は言った。
 彼は島大介を慕っている。
そして、おそらく誰よりも――古代艦長には適わないとしても――島大介のこ
とを知っているんだろう。そう思っていた。
尋ねたいことも、知りたいことも、たくさんあった。
ただそれを聞くことを、許されるだろうか? 
だけれど。彼が話してくれることなら聞いて良い、それも彼が選ぶだろう――。
そういう思いがあった。

 僕はね。女性に興味は持てないから。
飲み始めて、最初のようにそんなことを言った。
え? 言葉の意味が胸に浸透するのに時間がかかる。
――君が今、思った通りの意味だよ。気にすることはない……カミングアウト
してはいないけど、隠すつもりもないさ。ただ、大事な人にご迷惑をかけてもい
けないし、避けられるのも寂しいから。黙っていてくれるね? そう言われた。
(あぁ――そうなのか)
この人は、本当の意味でも、島大介を愛しているのだろう。
「――誤解しないで。艦長の信頼を裏切るつもりはないよ、今、恋人もいるしね」
さらりとそう言う。
「あいつは普通の社会人だからさ、極秘カップルだというのが辛いけど」
くすりと笑う。
案外、暗い人でもないのだなという印象で、本当にその様々な色の混じっている
ような瞳はきれいだった。
「それで……お幸せなんですか?」
ん? と少し困ったように野々村は笑った。
「あぁ……あいつも知っているし。それはお互い様だから。何よりも――分かち
合えるってことが大切だろ」そんな風に。

 「貴方が島さんの艦に乗れないなんてのは、不合理だわっ」
トン、とグラスを木のテーブルに打ちつけるように置いて、眞菜実は言った。
くすりと野々村は笑う。
君、いいだね。そう言って、嬉しそうに笑った。
「仕方ないさ――追いつけ追い越せ……そう思ってここまで来た。心は結ばれ
ていると知っているし、島さんも僕を“腹心の部下”だと言ってくれる。――大き
な作戦があって、危険が伴うプロジェクトの時は必ず狩り出されるからね、それ
だけでも十分なんだ」
誇り高き戦士――そんな感じだ。
そうか、通常の輸送勤務くらいでは、この2人を一緒にしておく必然は、(軍に
とって)無いのだろう。
 島の話をすれば尽きることはなかった。
 平凡な、木星空域までの6週間の輸送勤務。そんな話でも彼は真剣に聞き、
航海士の先任として、時々意見もくれた。それはとても新鮮で、斬新なアイデ
アが含まれていることもあるし、意外に詩人――そんな見方もできるのだ、と
感心することもあった。
もし2人がそれぞれに、島に憧れていなかったら。
魅力的だと思ったかもしれなかった。――野々村アズナブル・サジオ。

 「島さんは僕のこと、“サージャ”って呼ぶ」
少し酔いが回ってきたかなと思った頃に、うっとりと夢見るように彼は言った。
「良い名前ね」あの深い声でそう呼ばれたら蕩けるかもしれない。
「昔ね――少年兵だった頃。彼がそう名づけてくれたんだ」「そう……」
眞菜実は2人のその、つながりが羨ましかった。
 少し、涙ぐんでいたかもしれない。
「どうしたの? 何かいけないこと言った?」
彼は優しい。厳しい人だという印象が強かったし、調べた資料の経歴などを見て
も、航海士というにはあまりに凄まじい来歴で、むしろ古代艦長らと行動を共に
し戦いに赴くことも多かっただけに、会って話しての柔らかな印象が意外だった。
――いやきっと。
島さんのことだから、だわ。
「ううん――なんでもない。…でもちょっと、羨ましい」
そう。と言って野々村は前を向いてまたグラスを空ける。
「――だけれど、君は女性だ。僕とは違う」その言葉は自嘲でもあるだろう。
「僕は僕として納得しているけれどね……島さんは、あのままで良いわけはない
んだ」
 ふと振り返り、彼を見た。
「あの人はやはり――寂しすぎるよ。あの強さが、僕には、辛い」
1人で居られなかったから、パートナーを選んだ。島さんだけを想って暮らすこ
とはできなかったから、僕はそれなりに幸せで居る。だけどあの人は……。
「何か、あったのね――」
噂ではいろいろ聞いているが、この人は……いやきっとあの時居酒屋にいた3人
なら、誰でも。島さんのその真実ほんとうを知っているに違いなかった。
 その話はまた機会があれば、しよう。
話し過ぎたみたいだ、と彼は言って、立ち上がった。




 それから、航海から戻るたびに。眞菜実はスケジュールが合えば野々村と会
うようになった。
航海中の報告をし、島の話をする。それだけだったが、2人ともその情報交換
には意味があり、また眞菜実はそんな中で、自分が捕らえていた島大介という
人を、間違ってはいなかったと確信していくようになった。
 そして。
気づかぬうちに――愛してしまっていたのかもしれない。


 四度目の航海の時だろうか。
ある日、通路ですれ違った眞菜実に、艦長が声をかけた。
――君は、サージャと付き合っているのか?

 え、と目を上げて、持っていた書類を取り落としそうになった眞菜実である。
「い、いえ……まさかそんな。違います」
焦って答える。
「いや――君のプライヴェートに介入する気はない」この間と同じことを言う。
「……あいつは良いやつだよ。もし付き合っているのなら」
「違いますっ。誤解なんですっ!」
 そんなことを思われたら、何よりもサージャに申し訳ない。眞菜実は焦った。
涙ぐみそうになって、慌てて否定をする。
その様子に、島の方が慌てた。
「あ、責めるつもりはないんだ。恋愛は自由だし――たとえ俺が彼の親代わり
だといっても」訓練学校に入る際に後見人だったことは、この間、野々村から
聞いて知っていた。
だがこの時の島の心境など、わかることのできる眞菜実でもない。
「本当に、そうじゃないんです。それじゃ、あんまりサージャが」
と言ってしまって、はっとした。
それは島も同じだったようで……。
「失礼しますっ」
お辞儀をして、その場を去った。
 走るように自室へ戻り、ベッドへ伏して、泣いた。
(そう、見えるのかしら――サージャ、傷つくわ。私も――私たちは)

 多賀眞菜実は、島大介を、愛していた。


 
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