icarus-roman banner
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)
・・・第 3 日 羽アイコン


 灯りの落ちた冷たい床に手をついて、昼間はあんなに活気があったハンガー
を見上げる。
 自機として仮に与えられている機体が青黒く見えた。
床に目を落とし、いまさらながらにその中央の黒い床を見つめた。
――ここで兄貴は、死んだんだな――。

 初めて乗り込んだヤマトの艦内。訓練生として――極秘裏に。
 その証拠に装甲板は岩盤に閉ざされ、窓らしきところからも窓外を望むこと
はできない。ここが格納庫である、ということも、戦艦であることすら、多くの
者には秘されたまま、天文台の一角にそれは埋められていた。
天文台長兼訓練校イカルス分校教官の真田志朗――軍務に就く者なら知らな
い者はないだろうその著名な科学者と出逢って、三日になる。
「訓練の総仕上げだ、気合入れていけよ」
分校校長の山南敬介教官からそう言われ、溝田や山口たちと張り切って着任
した。……俺たちは火星で散々鍛えられてきたんだ、ちょっとやそっとで驚
くもんか――。
だがしかし。
科学士官だとばかり思っていた真田――目の前で生きて動いているヤマト
伝説のメインクルーに驚きを禁じえない。クールに装ってはいるが、実質、
彼には常に緊迫した雰囲気があり、まだ見習いとはいえ戦士としてのカンは、
“ここが単なる天文台と分校ではない”ことを四郎に告げていた。――まだ、
何かあるぞ、と。

 そして、ここへ来た。
 四郎にはわかった――ここが、ヤマトだ。だが、頷き合う面々に、“戒厳令”
が下され、「以降、一切の地球との交信および連絡禁止――」厳しい指令と管
理下に置かれてしまう。(いったい何が――)。
 敵をあざむくのにまず味方からという。
 だが、この場合の“敵”とは――?
 だがしかし。……ヤマトに乗り組めるなら、何でもよかった。
 それは自分だけの特別な感動なのだろうか。否。――だが。

 真田志朗は、戦闘士官とも見まがうような偉丈夫だ。笑うことがあるのだろ
うか、と思われるような雰囲気をまとい、このエリア――つまりヤマト艦内と
いうことなのだろうが――では実際に最も実力者であることは疑うべくも
ない。このエリアの工場を統括し、多くの技術士官や訓練生が彼の下で作業を
こなす。その一方、訓練校の教官を務めるのだという。
だが。
 編入式の訓示で、最初に会った時の表情を、四郎は忘れることができない。
 火星基地訓練校で逢ったあの人と同じ……一瞬だが、目を留めて、そして
無表情に戻った。その目が、自分を通り越して、どこか遠くを見たのを、見
逃すはずがない。
(あぁこの人も――兄さんとともに戦った人だ――)
彼らの想いを受け止めたいと思い、そしてここに居る四郎には、その想いが
痛かった。

air icon

 ヤマトの訓練航海――それは何度か繰り返されるはずだったものを。それ
が何故、静かに、まるで息を潜めるようにここにあるのか。イスカンダルの
消滅にともなう政府首脳部・軍幹部の動きは、おおよそ不可解なことで占め
られている。ましてや訓練生の身にはまったくその動きは伝わってくるもの
ではない。だが。“ヤマト廃船”の動きがあった――そのニュースは、マスコ
ミを通じて元乗組員の家族にも伝わるところとなり、特に白色彗星戦に参加
した者たちの処遇を巡って、上層部が二つに割れ問題が再燃していた。だが
それも世論を怖れて――それと軍や政府は一葉ではあり得えないというのも、
もはや知らないほど世間知らずでもない。――手薄になった防衛軍の中、新
たなる外宇宙の脅威が噂されていることを、四郎たちはまだ知らなかった。
 ヤマトの謎の動き――そして圧倒的に人が減ってしまった地球防衛軍の戦
士たちの再配置。
 長兄・加藤一郎の仲間であった“スペース・イーグル”古代守が地球へ帰
還した。――若くして伝説の人となり、二度の危機から自らの手で地球を救
った古代進・元ヤマト艦長代理――その兄にして、その上を行く伝説の人。
現在、先任参謀として藤堂長官の許にいるという――。
この時期、古代進はその責めを負い、降格のうえ有人探査艇へ。島大介・
元ヤマト航海長は、数少ない戦艦による戦闘経験者指揮官として部下であっ
た徳川太助とともに無人艦隊のコントロールセンターにいた。
そして――。なぜかヤマトは極秘に秘され、ここ、イカルスと真田の手の
中にある。
 
←新月の館  ↑前へ  ↓次へ  →旧・NOVEL index
inserted by FC2 system