icarus-roman banner
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)
・・・第10日 羽アイコン


 「おい、加藤! 真田教官が呼んでたぞ」
同期生の溝田が食堂へ来たのは、夕食が終わって一息入れているという時間
だった。
「お前、何かやったのか?」
「心当たりねぇなぁ――最近は、イイコにしてるぞ、俺」
「教官とは離れ離れだしな〜。追いかけようにも地球の空の下……」
「溝田ぁ、何が言いたいお前」それが四郎にとって大切な女性のことを言われて
いるのだとわかって、赤くなる。
「うひゃひゃ。遊びに行くとこもないもんな、ここ。悪さしようもないってか」
「うるさい!」
「まぁとりあえず早く行った方がいいぞ」 「あぁ」
怪訝に思いながらも、ヤマト区域(一般にはG=グランドエリアと言っていたが)
へ向かう四郎である。

 隔壁をIDカードをかざし角膜チェックを経過して通りすぎると、教官室(実は居住
エリアの艦尾側にあるいくつかの指揮官室の一つ)へ向かう。

 「真田教官。加藤四郎、参りました」
「加藤か――入ってきてくれ――」
 入ると、真田と共に澪がいた。だが……澪――だよな? それとも姉妹でも
いるのか? 目を丸くしている四郎に真田は告げた。
 「加藤四郎。協力を要請したい。――これまで機関技官の山崎さんと私たち
だけでやってきたが、これからは何が起こるかわからん。協力者の範囲を広げ
るつもりで君たちの行動を見せてもらっていた。それで、君と仲間たちCT隊の
メンバーにはある程度事情を話しておこうと思ってね」
 閉鎖された小惑星での毎日だ。しかも地球への通信もなぜか厳しく制限され
ており、実際、ここがヤマトであることもごく数人を除いて伏せられていた。
惑星の下半分を占めるこの地区へ出入りできるのは、現在、訓練生の中では
リーダーたち数人に限られている。一般人の入場はもちろん、セキュリティに遮
られてできなかった。
「澪。少し席を外していてくれないか――Dエリアで山崎さんの手が空いてる
はずだから、宿題見てもらっておいで。そうしたら夕食にしよう」
はい、と素直にうなずいて、部屋を出て行く。

 シュン、と扉が閉まったところで
 「澪――やっぱりあれは澪ちゃんなんですね」
と四郎は、改めて驚いたように真田を見た。
「あぁそうだ。……1週間前、だったな、お前と最初に会ったのは」
「え、えぇ」
 「これから話すことは、地球防衛軍の最高機密事項だ。ヤマトがここにあるこ
とも含め、またその理由の一貫でもある。――宇宙戦士訓練生・加藤四郎。
了解したか」
真田の口調は、訓練学校教官のものである。また、政府最高機密を握る軍部
の頭脳といわれる真田からいったい何を聞かされるのかと、四郎は緊張した。
 「……澪は、あの娘はな。――本当の名前を、古代、サーシャ、という」
「え? 古代……」
「慌てるな。弟の方じゃない、守の娘だ」
「古代参謀の――え? ということは、つまり」
「イスカンダルの女王、スターシャと古代守の間にできた、イスカンダル王家最
後の姫だよ」
 ガンと殴られたような気がした。――そうか、それでか。
 極秘裏に、人目を避けるように育てられている理由もわかった。……地球の
恩人。そして様々な利権と危険。
そんな中で、地球へ連れて行ったらどうなるか――。
「もう一つ。異星人混血であることと、イスカンダル人の恐ろしい科学力につい
ては聞いたことがあると思うが――」
えぇと四郎は答える。
「あの娘は、成長が早い。1年で、およそ15〜17歳くらいまで成長するだろう。
その後は普通の地球人の成人と同じだが――研究者たち、とくにそれを利用
したいと思う者にとって、それがどういう意味を持つかも、わかるだろう」
……考えたくもなかった。
「いくら守が、手元に置きたいと思っても、あいつも軍人だ。今の人手の足りない
司令部で、前の大戦の生き残りのあいつが、女の子1人、常にそういうけしから
ん輩の手をかいくぐって育てきれるわけがない。――それで、俺が預かった」
「預かった、って……」
「俺だっていい年した独身で、家族もない。上手く子育てできるなんてはなから
思っちゃいない――が、親友とその愛した人の娘だ。何とかしてやるのが人情
というものだろ、な」
 真田教官と古代参謀って、親友同士なんだっけな。どこかで聞いたかような。
あながちそういう人情方面の事情ばかりとも思えなかったが。地球の精鋭頭脳
2人、何を話し合ったんだか。
「だがな。俺一人の手には当然余るし、山崎さんご夫妻と――それでな。
これからはお前たちの協力も頼みたい」
「えぇ? 俺たちですか?」
「何もないよりもマシなネコの手、ってとこかな」
そういうと真田は少し笑った。――冗談なのか本気なのか、表情からはわかり
にくい人だ。
「姫君扱いする必要はまったくないぞ。――実の父親も俺も、そんなことは望ん
でないからな。普通の、幸せな娘になってもらえれば、それでいいんだ」
「でも教官」
 「もう一つ」
まだあるのか、と四郎はもうこうなったら情報はもらっておかなきゃと思う。
「血のせいか――澪には微弱ながら、能力がある――」
「能力って」
「イスカンダル王家に伝わるテレパシーのようなもの……感応力とか予知とか、
そういったものらしいが、それがどちらの方向に伸びるかは、わからんのだ」
 なんとやっかいな生まれと能力と育ちを持った姫だろう。だが、真田を心から
頼っている様子はよくわかる。柔らかな、優しい笑み。この期間、彼がどのよう
に心血を注いだかわかるではないか。――加藤四郎は、いかついクールな人
だとばかり思っていた目の前の教官が、とても好きになった。
――そう。それにこの人は、兄が命がけで守った人なんだ。
 「何かあった時には、守ってやってほしい――」
真田は真面目な目になってそうも言った。
「はい――微力ながら」
「いやなに、普段は遊んでくれればいいんだ、非番の時とかにな」
は、はぁ、そういうもんだろうか。
自慢じゃないが、子どもには好かれる。地球にいない長兄に代わって甥や姪
の世話はしたし、なぜか近所の小さい子の面倒をみることは多かったし。
 「最後に」
まだあるのか――四郎はうんざりした。
「名前を、絶対に、呼ばないこと。あの娘の名は、“真田、澪”だからな」
これは他の隊員の前でも、だ。このことを知っているのは技術クルー、山崎夫
妻ともう一人――だけだからな、と真田は念を押す。
最も大きな秘密だ。はいと敬礼して、四郎は部屋を辞した。
 小さな妹ができたみたいだな――。無味乾燥な宇宙の空間に、温かいもの
が涌いた。

air line

←新月の館  ↑前へ  ↓次へ  →旧・NOVEL index
inserted by FC2 system