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・・・20日ごろ・澪 6歳 羽アイコン


 「教官、何やってるんですか?」
加藤四郎は、まったく食堂に現れない真田志朗を心配した幕の内勉から持た
された“夕食キット”を持って、工作室を訪ねた挙句、自室でなにやら怪し
げな機械を組み立てている真田を発見した。
「……あぁ。加藤か。いやな、そろそろ澪にも教育が必要だと思ってな」
「ちょっと遅いくらいですね」と、一緒になってその作業に没頭している
向坂さきさか技官が言う。 「だいたい、6歳くらいから始めるのがいいんです」
「澪はまだ1歳だぞ」「成長速度の話ですよ。脳の発達とバランスが取れて
なけりゃぁ――」科学者たちの会話である。
「それ、何ですか」と四郎。
「睡眠学習装置」と真田。また怪しいものを。
「それ被って寝ると、一晩でいろいろ覚えられたりするんですか?」
と卒業試験の学科に苦しんでいる最中の四郎は、思わず身を乗り出した。
「……まぁ、そんなもんだ」と真田。
「お前たちにはやらんぞ! これは脳が発達過程にある年齢用に調整したもの
だからな」「え? ということは…」「知らんのか。人間の脳は12歳を境に
後退する一方なんだよ。18歳以降に容量が増えたり細胞が増殖することは
あり得ん。諦めるんだな」
基礎理論くらいは習ったが、そんなキッパリ言わなくても……四郎は情けない
顔になった。
 「で、澪ちゃんは……」
「うんそうだな、ヘルメット被って寝ると頭の形が悪くなる」真田パパ全開。
「なので、いい方法がないかと思ってな……ほぉら、できたぞ」
冷凍カプセルのようなそれは、居心地のよさそうなベッドそのものだった。
 睡眠学習装置――正確には眠っている間に知識をつかさどる脳領域に刺激
を与え、情報をインプットする方法だ。異文化星域に派遣される武官文官など
に使われることも多いが、脳が司る精神面にも影響を与えることもあるために
慎重な対応が必要といわれている。宇宙共通語の修得あたりまでは一般化
されているが、短い期間に数年分の知識を増やしていかなけばならない澪に
とって、実はかなり危険だが必要なものなのだ。
「そうだ加藤」「ハイ」「澪は、そろそろ普通で言う小学生の年齢になる」
「えぇ……」「体も鍛えてやらんといけないからな、そのあたりは頼むぞ」
「はぁ」
言わずもがな、である。
先日は跳び箱を付き合わされた。マラソンはまだとしても駆けっこはいつもの
ことだ。
「水泳、なんかどうです?」四郎が提案する。うむと真田。……健康にもいい、
骨格を作るにもいい。だがなぁ……まだ8歳くらいとはいえ、娘の水着姿を
むくつけき野郎どもに見せたい父親はいない。……が、真田の手足は義肢で、
姿は似せてあるとはいえ、やはり自分で一緒になって泳ぐわけにはいかな
かった。
 「加藤、お前、危ない目に合わせないと約束するか?」
いったいどうやってイカルスの訓練用小さなプールで“危ない目”に遭うと
いうのだろう――。真田教官は、澪のことになると、もうほとんど別人格
である。
「俺、一応、指導員の資格持ってますし」
「あん? ……またなぜそんな」
「いや、親戚一同に誰か持ってた方が便利でしょ」
そういえば、長兄と次兄の子どもたちの面倒を見てたっていったっけ。
なるほど。
「バタ足とかから始めて、おぼれない程度には泳げるようにしてみせますよ」
と四郎。
「そうか。じゃ、頼もうかな」……なぜか澪の水泳指導員になってしまった
四郎である。

 それからの澪は、教育パパ(?)の真田の指揮のもと、夜は睡眠学習による
一般教養のお勉強、朝起きてそれを知識として落ち着かせるための短い学習、
そして午後は地球からの通信教育によるお勉強。そのあとは体を鍛える――
という名目で遊んだり、訓練生たちとの水泳――と忙しい小学生の日々(?)を
送ることになったのだった。
 イカルスは、今日も、平和だ。

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