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= Intermezzo =・・・澪 7歳ごろ 羽アイコン


この項は、瑞喜ちゃんサイト「星花繚乱」の『サーシャちゃん祭』へ|
ご提供したものを、一部改訂したものです。|
もともと、こちらとつながっている設定&話なので|
今回の連載・再掲に伴い、こちらからも読めるようにしました。|
−−26 Oct,2007.|



cross item

 最近の加藤四郎は、作業時間を終え、夕食後の自主学習時間も終わり近くに
なると、するりと自習室や部屋から消えることが多くなっていた。
 「おい……四郎。お前、どこ行ってんだよ、最近?」
「あやし〜っすよね、加藤くん。まさか…」
「こ〜んなところに女でもないだろうしな」
「――ひょひょ。上級生なぎ倒しの年上キラーっていってもね、さすがに
ここの賄いの小母さんや奥さまたちに遊んでもらってるわけ…」
「ないだろっ、そんなのっ!」
 もうまったく。という四郎。…だが“昔の行状”を知っている彼ら仲間たちから
すれば、ほとんど“自業自得”であろう。――イカルスには女性もいたが、ほと
んどが派遣技官や生活全般を賄う事務官・管理者たちの妻であり、子どもや
民間の若い女性は居なかった。小惑星のスペースそのものが小さい所為もあり
目的の特化した特区であること…そしてどうやら機密だらけであること、など
通信管制の厳しさで、外との交信が禁じられ出入りも制限があることなどから
想像するのは難くない。
 「あ〜あ。俺たちの代ってどうして女子訓練生もいないの? ってね」
五島がボヤき、坂井が愚痴り、溝田は皮肉が口をつく。
「な〜、四郎。君はいいですけどね、君は」
「ど、どういう意味だよっ」四郎がムキになると、「さぁ〜てね」と笑う溝田
である。

 狭い中でもG区と居住区は切り離されている。空間としてはシームレスにつな
がっていたが、出入りにはパスが必要だ。
訓練生たちはその両区間を行き来しながら毎日を過ごしてきたのだが、最近に
なりGエリアに宿舎ごと引っ越し、それ以来もうほとんどその中での教練、授業、
整備。そして激しさを増した訓練に明け暮れていた。
 「で。また行くの?」
「あぁ……先、休んでろよ? 明日お前、日直だろ?」
同室の溝田や高居にそう言い置くと、そそくさと出かけていく。
それがまた楽しそうなので、噂は噂を呼ぶというわけだ。
 「どうなってんすかね」
「隊長? ……う〜ん…。なんかあんのかな」「男?」「まっさか」
……言いたい放題の仲間たちである。

 その頃四郎は。
 上へ向かうエレベータに一人乗り込むと、勝手知ったるルートを使って第一艦
橋まわりへやってきた。
 側面展望室とその裏の資材庫が澪の居住エリアになっていた。また、工作室
周りの壁で仕切られた一角は、澪のために改造した場所だ。
その一室に自由に出入りを許されている四郎は、コンコン、とある部屋をノック
した。 「澪ちゃん? いるかい?」
部屋で山崎さんの奥さんに手伝ってもらって着替えをしていた澪は、
「あ、しろ兄ちゃん」と嬉しそうに顔を上げた。
 「まぁま。ご苦労様ですね。……もうお着替え終わりましたからね。あとはあっ
たかくして寝るだけ。――よかったわねぇ、澪ちゃん。加藤さんが来てくれて」
「うんっ。しろ兄ちゃん、ご本読んでくれるの」
四郎は絶対にふだんは見せない蕩けるような笑顔であぁ、と頷いた。
 「何がいいかな……今日はね、新しいお話をしてあげようね」
「え? 新しいお話?」「ほぉら」
背中に回していた手から小さな絵本を取り出した。……貴重なものだが、この間
地球からの便のリストを出した時に、真田と相談していくつかの新しいものを入れ
ておいたのである。
 そんな様子を微笑ましく見守りながら、彼女はそっと席を外す。
これもまた、ここのところの日課であった。


cross item

 ベッドに入り、ぬくぬくと温まった処で、四郎は椅子を引き出し、その横に座る。
真田がちらりと顔を出した。
「おう、加藤――お疲れさんだな」
「あ、教官。今日は、新作をご披露しようかと思って」
「ほぉ、よかったな、澪――すまんね、私が付き合えなくて」
真田はエンジンの第二改装段階に入った処だった。ここ数日のテスト結果で、第
二フェーズを修了し、第三フェーズにかかれるかどうかが決まるのだ。
……勝負どころ。授業の方も真田の担当分は、ここ2日は自習とテストになる。
 「大丈夫ですよ……俺、これ得意ですから」
「澪、お休み――」ちゅ、と頬にキスをして、真田は言う。
「お義父さま、おやすみなさい」
「あぁ…お休み」
「お仕事がんばってね」……澪は聡い子どもだった。
真田が大変な時はわかるようで……自分と過ごす時間が減ることもあったが、そ
れ以上に察して、相手を思いやるのだった。
 「ねぇしろ兄ちゃん、お話はなぁに?」
「さて、なぁにかな?」
わくわく、を表に出すような顔をしてせがむ澪は、なんともいえずかわいい。

 「昔昔。あるところに…」 ゆったりとした声で四郎は語り始めた。

 澪はこの「むかしむかし、あるところに…」という言葉が大好きだ。
そう聞いた途端、頭にいろいろな不思議が浮かぶ。
目を閉じると、いろいろな景色が浮かぶ。
 時には森の中だったり、林だったり。田舎の田園風景や、まだ見たことのない
イスカンダルの美しい風景だったり。
 海の中や、まだ見たことのない地球の昔の、落ち着いた村。
 騎士やお姫様が活躍する中世。
 動物たちが話をして、いろいろな人たちが楽しく暮らしていた遥か昔の時代。
……想像の翼はどこまでも広がっていった。

 「あるところに、一人の、年取ったぶたさんが暮らしていました。」
え? ぶたさん?
「――ぶたさんには3人の息子がいたのです」
 口は挟まない方がいい。しろ兄ちゃんはお話がとても上手で――何人かの人が
お話ししてくれるけれど、しろ兄ちゃんほど上手い人はいない。
 育児ロボットは感情がこもってないし、お義父さまも上手だけど、少し違う。
 しろ兄ちゃんのお話は、いつも。とってもドキドキしたり、冒険した気分になれる。
だけど、途中でを遮ったりしちゃいけない……黙って聞いてればわかるんだから。

 桃色に染まった頬まで上掛けを引き上げると、澪はそこから目を出し、四郎が
熱心に見ている本を眺めた。
 ほら、と見せてくれる。そこには、森の中の1軒家が描かれ、そこに大人のぶた
と子どものぶたが描かれていた。
 ほぉら。わかったかい? それじゃ続き読むよ。

 「年取ったぶたのお母さんには、3人のこぶたがいました。名前をあーくん、
いーくん、うーくんと言いました」

「お名前? なんかへんなの」
「へんかい?」にこっと笑って四郎は先を読む。
「ある日お母さんぶたは言いました。
『息子たちや。もう大人になったのだから、家を出て独立しなさい。それぞれ
が自分の暮らしを立てて、幸せを見つけるんだよ』 と言いました」

 たいへん。お家を出て行かなければならないの? かわいそう、ぶたさんたち。

 物語はいい加減にしか憶えていないものもあったし、資料がないこともある。
また、途中で澪が退屈しそうになると、適当に脚色をしたりもする。
だから同じ話をねだられても、読むたびにバージョンが違ってしまうのだが、
澪はまたそれも楽しんでいるようだった。
 四郎は物まねや声真似も上手い。
別に本人は意識してやってるわけではないのだが、そう言った声に自然になるし、
動作もついてしまうのだ。
「――『狼が来たぞ〜。……出てこないと食っちまうぞ〜。狼だぞ〜』」
「きゃぁ〜っ」と澪は大喜びで、声をあげて上掛けを目のところまで引き上げる。
「『きゃぁっ……狼だぁ、早くお家に入って、逃げなくちゃっ』
二番目のいー兄さんは、家の中に駆け込むと、鍵をかけてしまいました」
...


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