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・・・第70日ごろ・澪 10歳 羽アイコン


 『加藤――四郎はいるか』
自室で溝田や山口とカード遊びに興じていた四郎は、うひゃと肩をすくめた。
“お呼び出し――”である。

 「また、真田教官だよ」
「お前、お気に入りな」と二人。
「お気に入りなのは真田さんじゃなくて」「あぁ澪ちゃんか」
「そりゃ結構なことで」「お前子ども好きだったんだな」「うるさいっ」
「ともかく早く行けよ」「もう少しだったのになぁ」「勝負は時の運ってさ」
 何かあったら5分で駆けつけろ――緊急時は30秒だ――って真田さんの
口癖。ヤマトではそうやって沖田艦長に鍛えられてたんだって、艦長代理や
航海長なんかも。

 工作室に居ることの方が多いから、この教官は。訪ねてみると案の定
そこにいた。
「おう、来たか」
「澪ちゃん――の御用ではなかったんですか」澪の姿は見えない。
「あぁ。居ないところで相談したくてな。あれは今、山崎さんとお勉強の
時間だ」
 いやぁ、これ見てくれよと。
 星間宅配便で届いたBOXが一箱。何が入ってると思う、と問う真田は表情
こそいつものままだが、とても鬼教官には見えない。
さぁ、と四郎。
 洋服、なんだなこれが。心なしか嬉しそうなのだ。
 それにしてもやたら送ってくる。行き先がバレても発進元がバレても非常に
危ないので、相当なセキュリティレベルのシークレットで運ばれてくる――
とどのつまり、相当お高いわけで。入っているものはぬいぐるみだったり、
女の子用の洋服や靴だったり。少しずつ大きさの違うもの――色や趣味は
……お世辞にも良いとはいえなくて。それと、中に一つ、楽器が。
小さなヴァイオリン。
「こんなもの、どうすんですか」
「そうだなぁ……」困った顔の教官――「まぁ情操教育には良いから、俺が、
教えてみる」
俺がって、この人はそんなことまでできるんだろうか? まったく、謎の人。
 それで、要件は、だな。とこちらを向いて。
来週にでも、澪のお誕生パーティをしようかと思うんだが、どうだ。
はぁ? お誕生パーティですか? そう。お披露目兼ねてだよ。正式には
誕生日はまだ半年先だが、半年経つともうすっかり育ってしまってるだろう
から、半年ごとにやっても悪くはなかろうと思って。
 そういう素っ頓狂な発想が、この知的でクールな鬼教官のどこから出てく
るのか――防衛軍では切れ者で通っている古代参謀の親バカぶりも相当な
ものだが。……良い、勝負なのかも。
二人は親友同士だと聞いている――確かに、良い勝負だ。


cross item


 「へ? それで。お前、引き受けちゃったのかよ」
溝田が呆れた、というような顔をしてそう言った。
「いいじゃん。可愛い澪ちゃんのためなら何のそのってね。それに、気分
転換にもなる」お祭好きの山口らしいお答え。まったく、と四郎は山口を
見て「お前は息抜きしすぎだっての」とため息を吐いた。「明後日の小試験
だいじょぶなんだろうな? 明日の夜になって泣きついてきても知らんぞ」
ひゃ、と引くのは山口の番である。ヤブヘビだなぁ、とぶつぶつ言いながらも
なんだか愉しそう。
 この連中は、澪がかかわることになるとイヤというそぶりを見せない。
 それは訓練生全体にいえることで、まだ子どもなど鬱陶しいはずの若年
ながら、やはり澪は彼らのお姫様だった。


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