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cross item

 冷たい床――もちろんきれいに補修され、整備されて当時の面影などある
わけもない。
 すでにイスカンダルへの二度目の往復も終え、ヤマトは新しい命を注ぎ込ま
れて、新しい艦として、戦ってきた。
 だが。
 兄が死地へ向かった場所――艦長代理・古代進と、そして、真田教官。
(そうだ……あの人も一緒だったんだ。そのはずだ……)
兄が守った命は古代さんだったのだろうか、真田教官だったのだろうか。とも
かくこの2人が生きることが、地球を守ることだったはずだ。
(兄さん――)
ぽたぽたと雫が床を濡らし、少しずつ大きくなっていった。

 「無断侵入は感心しないな」
突然、人影が差して、四郎ははっとわれに返った。
(しまった――)厳罰ものだ。――だが、だがしかし。
 顔を上げて見たのは
「真田教官!」
なお驚いたことには、金髪でばら色の頬の女の子が、真田の後ろから顔を覗
かせていた。怯える様子もなく。
 涙をぐいと拳で拭うと、四郎は立ち上がった。
 昼間見たとは別人のような真田の印象は、この女の子と無縁ではあるまい。

 「加藤、四郎――だな」
「はい。真田教官――すみませんでした」
「――ま、ムリもないな」
四郎が何故ここに居たか、真田はわかっているようだった。
真田は、黙って目を床に落とすと、静かに言った。
「――そこが、確かに、加藤三郎が息を引き取った場所だ」
「教官――ではやはり」
真田は頷いて「俺と古代が――艦長代理が、着艦した場所だ」
何かに耐えるように。真田はその場面を昨日のことのように思い出す。
――古代が『着いたぞ、加藤』という間もあらばこそ『加藤――どうした、加
藤!』と叫ぶのを聞いた。
慌ててフードごしに操縦席を見ると、そのパネルに伏したまま息絶えていた。
 「――銃創がひどくてな。裂傷、火傷――そして、あとでわかったが、内蔵
もやられていた。……ここまでよく翔んだと……俺も、古代も……」
「――兄さん……」

 古代進には会いそびれていた。兄の遺体が戻って来た時に、自ら足を運び、
両親に辛い報告をしにきたのだ。兄弟すべて軍人(とその予備軍)の家だ、
父も母も覚悟はしていたはずだ。静かに語り合ったという。若く、誠実で、浮
ついたところのない人だと言った。兄とは同期で2つ年下……まだ20歳はたちにも
ならない青年だった――戦闘士官としては華奢すぎるというほどに、線が細
くて、はっきりと、深い声で、静かに最期を語ってくれたと。
 「もしかしたら私たちよりも哀しんでいるのかもしれない、と思ったよ。
三郎を “大切な仲間でした”とおっしゃっていた」父はそう言った。
あぁ兄とその人は、本当に信頼し合った友であり仲間だったと知った。
 真田技師長が同乗していたことは、あとから知った。
 なによりも、この人を彗星帝国の動力部へ運ぶためだけに、古代も、兄も
出撃したのだ。そして、いまや“地球の頭脳”とまで言われているこの人と、
最後の切り札だった古代を、地球へ、ヤマトへ還すために――。
 四郎は瞑目した。

 飛びたい――ただ、飛びたいと思って兄の後を追った。
 長兄は戦艦乗りで戦闘指揮官である。惑星開発隊の隊長として銀河系の外
にいる。サバイバルな性格で「戦闘よりもフロンティアの方が向いているのさ」
と言い、成人してから太陽系内に居た時間の方が短い、現在も元気で遠い宇
宙の空の下だ。その反対に物静かだった次兄は、両親の強い願いも空しく
やはり戦艦乗りとなり――ただし航宙士官だった――ガミラス戦で、艦隊ごと
絶滅した。そして三郎が戦闘機乗りの道を選ぶと――四郎もそれを追った。
それが間違ってなかったと思ったのは、初めて機に乗り、宇宙を飛んですぐで
ある。
 もともと年も近く、近しい兄弟ではあったが、そう決めてからは兄は、心配しな
がらもいっそう喜んで、ますます近しい存在になったような気がする――。
(兄さん――僕はヤマトに来たよ。貴方の意思を継いで、いく。絶対に、だ)
 四郎は冷たい床と、真田教官の顔を見比べながら、今更ながらにそう決心
した。
rose icon

 その時、真田の後ろにいた少女がととととと、と歩いてきて、ぺと、と四郎の
手に触れた。
「お兄ちゃん、悲しいの?」
今にも泣き出しそうで、それでいて、きょとんとした大きな目で、一生懸命見上
げている。
「え? いや……」
子どもの手は柔らかで、温かい。なぜ真田がそんな子を連れているのかはわ
からなかったが、ふっと笑顔になって
「うん――お兄ちゃんのお兄ちゃんがね、ここで死んだんだよ。悲しいけど、大
丈夫だ」
にっこりと笑ってみせる。すると、下から見上げていた子どもも、にっこり笑って。
「そうね。もう痛くない――みおも痛くないわ」と言った。

 顔を上げると真田はちょっと困ったような顔をして、そこに居た。
「その子はちょっと、感受性が強くてね。人の哀しみとかに反応しやすいんだよ」
と言う。
「この子って――」
「あぁ。俺の姪だ」そういった途端、子どもが
「おとうさま。みおは、おとうさまの娘でしょ」と言った。
 「娘――? 教官、まさか――!?」
子連れで現れただけでも驚いたが、ヤマト技師長だった真田志朗が結婚して
いた、という話は聞いたことがない――。内縁の子か?
「いや――あぁすまん、みお」少女の方は、泣きそうな顔になって真田を見上げ
ている。
「……今は親娘だ。訳あってね、私が引き取って育てている」
「そうなんですか――」
 明らかに異なった血が入っていることがわかる不思議な風貌と目をした少女。
一心に真田を見つめる目はあどけなく、美しい横顔はまだ5〜6歳の少女なが
らに、大人になったら男心を惑わすだろうなという魅力をたたえている。
 「ほら、みお。ご挨拶しなさい――これからしばらく一緒に暮らすんだからね」
「ハイ――真田澪、です。よろしく」ペコリと頭を下げる様子が可愛らしかった。
「よろしくね、お兄ちゃんは加藤四郎」
「しろう――しろ兄ちゃん?」四郎と真田は顔を見合わせて苦笑した。
そういえば、真田のファーストネームも「しろう」である。
「そう呼んでもいいよ、お義父さんがよければね」
 いい? というように真田を振り返る。うなずくのを確認して
「しろ兄ちゃん――澪をよろしくね」
「うん――お兄ちゃんも、よろしくね」
にっこり笑った様子が、とても愛らしかった。

 それが、加藤四郎と、真田澪=古代サーシャとの出逢いだった。

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