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・・・第30日頃・澪 8歳 羽アイコン


 宙港に、めったに見られない巡洋艦クラスの艦が着いた。
現在、イカルスは天文台として以外に、地球防衛軍の秘密基地(訓練校を兼
ねる)となっていたため、出入りするのは、民間や文官の天文台に来る客船
以外ほとんどない――。
そこへ、物資を運ぶための船と、もう少し高官が乗っているらしい高速艇が
同時入港したのだ。
 訓練生たちはざわめいた。
 訓練とヤマトで明け暮れる日々はそれなりに充実していたし、秘されている
とはいえ、緊迫した仕事に従事しようとしているという思いはそれなりに全員
にあった。
 だが。
 刺激が、無さすぎるのである――。
 もともと技官の多い場所だ。もとが天文台なのだから当たり前なのだが、
毎日星を観測したり計器を眺めたり、データを取ったり、機械をいじったり、
図面を引いていれば幸せな技官たちと一緒にされては、戦闘機乗りとしての
魂はどっかへ行ってしまいそうになる。
 だから、こういった客人は、大歓迎――だったりする。

 『加藤――加藤、四郎!』
また呼び出された。惑星上部の、開けた場所から入港する艦に気をとられ、
仲間たちとダベっていた四郎は、慌てて呼び出しをかけた事務官に返礼した。
「すぐに、来いと。真田教官のところへ行け」「はい」

 「加藤四郎、参りました」
行くと、「うむ、ご苦労」といった真田の横に、精悍な姿の、大柄な人が
立っていた。上席を譲っているところをみると、地位も高い人なんだろうな――
と制帽に隠れたその顔は、どこかで見た――。
「加藤の弟か――いつも澪をありがとう、古代守だ」
(古代参謀――澪のお父さん!)
四郎は初めて垣間見る伝説の戦士に、緊張を隠しえなかった。
人を惹きつけずにおかない風貌と、気さくで、だがパリっとした軍人らしい姿。
歴戦を生き抜いてきた戦士――そして、澪の実のお父さんだ。
 この場合、守の言う「加藤(の弟)」は長兄・一郎を指す。真田にとって
「加藤の弟」といえば、それは「三郎の弟」という意味だが。長兄と古代守は
年も近いが、以前、同じ作戦に上官と部下として参加したことがあり、既知の
仲だったそうだ。
「兄貴に――似てるな」と守が言えば、真田も「三郎にもそっくりだぞ。
よく似た兄弟だな」
「性格もか?」「あぁ――こう見えてけっこう、頼りになる」
真田がそういう風に古代に言うのを聞いて、四郎は少し赤くなった。

 その時、扉が再び開いて、入り口に佇む少女――おずおずと。
澪だった。
 古代守は破顔すると、膝をかがめ、澪の目の高さになって、「おいで」と
言った。
「澪……サーシャ」
最初は照れてもじもじしていた娘も、じりりと近寄る風を見せる。そして、
たたっと駆け出すとその膝に駆け寄った――ところを守に抱き上げられた。
頬ずりし、小さな鼻にキスし、抱き上げる。力強い父の腕に抱かれて、澪は
泣き笑いしていた。
「お父様――お父様ぁ……会いたかった」
ぐすぐすとすすりあげるのを、守も少し潤んだ目で。
真田も加藤もそれを微笑みながら見ていた。
 「いい子にしていたか? 真田のおじさま……お義父様だったな、に我侭
言ってないか?」
「うん――うん。なぜもっと早く来てくださらなかったの?」
睡眠学習の効果か、澪の言葉遣いはとてもきれいだ。ふだんやんちゃして
いる時は乱暴だけれど……だが、どうもそういう風に相手をしてしまうのは
古代守の影響なのかもしれない。
「すまん――なかなか来られなくてな。……だが、素敵なお義父さんやいい
お兄ちゃんたちがたくさんいてよかったな。澪は幸せか」
「うん――澪はとても幸せ――でももっとお父様にも会いたい」
いじらしい娘の言葉にぎゅっとそれを抱きしめる父・古代守の笑顔が切なかっ
た。

 「なぁ加藤」
翌日。午前中の訓練が終わった食堂で、いつものメンバー――溝田と山口が
四郎を呼ぶ。
ん? と顔上げて。
「古代参謀ってカッコいいよなぁ」
「あぁ?」と四郎。――男が男に憧れてどうする。
「やっぱり歴戦の戦士って感じじゃん? お前、昨日呼ばれていったんだろ、何
か話した?」
まさか澪と親子の感動的な対面で、ベビーシッターとしての腕を評価された、
とも言えない。
「男の憧れだよなぁ」「そうそう。あぁいう人の下で働いてみたいねぇ」
――仲間たちの夢に水を差すのはやめておこう。

 その時、警報が鳴り響いた。
 一斉に立ち上がる戦士見習いたち。
ばたばたと宙港の方がざわめく。
「あっちだ!」「追え――」

 四郎が慌てて発着港の方へ駆け出すと、途中から合流した先任が四郎を促
した。「行け、訓練生、行く手を塞ぐんだ!」
その声に見やると、モニタに写るその管制ルームに2人の男と1人の女。
 銃を突きつけられているのは「澪!」
 どうしたら――
 ともかく宙港へ向け走る。その管制の入り口に伏して、中の様子を窺う横へ
真田が現れた。
四郎が前へ出かけるのを、真田が抑える。「やめろ、あいつらの狙いは、澪だ」
 発進されてしまったら追撃は難しい。澪を目的に澪が人質に取られていれば
撃墜することはできないからだ。それがわかっているからか、三人組の表情に
は余裕が感じられる。――緊迫した雰囲気ではあるが、スキはない。
じりじりと高速艇の方へにじり寄っていく。
 宙港の、発着場から反対の口で、銃撃の音がした。発着場へつながる高い
通路から、人が2人、落ちてきた。その後ろに、黒い影が立った――。
(古代参謀――)
戦闘機乗りの誇る四郎の視力がそれを捉える。
 はっと、少女を抱えたまま振り返る曲者たち、だが、訓練されているとみえて
こちらに向ける隙はない。
 古代参謀の影が、宙を飛んだ。
 空中に張られたケーブルをつかみ、そのまま反動をつけて中央へ飛ぶ。
(危ない!)
 敵射が光るが、躊躇せず、アクロバットのような様子を見せて、古代参謀は、
高速艇のほど近い反対側に、すらりと飛び降りた。
 その怯んだ隙を見て、真田教官の無言の合図でバラバラと僕らは中へ入る。
静かに――。

 古代参謀が、コスモがンを構えたまま、じりじりと間合いを詰めていたが、
ヤツらにも隙はない。が、こちらの姿に気づいたようで、捉えられたままの
澪が顔を上げた。

(ちくしょう――)
地団太踏む思い。――こうして見ているだけで、何もできない。
「澪が狙いなら、そうして銃口を向けていても撃つことはできないはずだ」
真田がコスモガンを油断無く構えながら相手に話しかけた。
「お義父様……」パニックを起こすでもなく、澪はいやいやするように
すがりつく目で真田を眺めている。
 ふっと笑った相手は
「もちろん、生きたままならありがたいけどね――死体でも構わないのよ、
手にさえ入れば」
(いかん――)真田は、こいつらはキチガイだと思った。どうする――!?
 そこへ、黒い影が躍り出たと思うと真田を飛び越えて澪を抱えている男の
目の前に飛び出した。あっという間に足を蹴り込み、腕をひねり上げて澪を
抱きこむように回転すると、男を転がりざま撃ち、女の腹を肘で打って場を
離れた。「!」
一瞬の隙を突かれた女だったが、すぐに振り向き、古代参謀に向け閃光が
ひらめく。
 わき腹をかすめるが、古代は一瞬のけぞっただけで、体を揺らぎもせず、澪
を守って睨みつけたまま、立ちはだかった。――その気迫に、相手は怯む。
 至近距離だ。
 今、撃たれたら助からないかもしれない。じりじりと睨み合う。
「澪、離れるんだ――」トンと押し出し、いつの間に動いたのか、背後に
回っていた真田の腕に放り込んだ。――さすがに阿吽の呼吸。
周りは呑まれたまま、動きを止めていた。
 「逃がすな!」
真田の号令に、警備員、訓練生たちが動き出す。
 戦時ではない――銃器には躊躇するが、民間相手に――とはいえ相手は
軍人か、それなりの訓練を受けた者だろうが、慎重にならなければならない。
しかも、イカルスは天文台なのである、ヘンな噂が立っても困るのだ。
せせら笑うように高速艇に乗り込む男と、執拗に澪を睨む女――だが一旦
引き上げることにしたのか、発進しようとする……ところをめがけ、四郎は、
機体の操縦席を撃った。
 「あぁっ!」
そのあおりを受け、女が吹き飛ぶ。命に別状はないだろうが、怪我は軽くは
ないだろう。
 操作パネルが火を吹き、発進できなくなったことは確かだ。
 男たちはそのまま動かなくなった――自決したに違いなかった。

 「大丈夫だ、たいしたことはない」
肩を貸そうとした者を押しやって、古代守は立ち上がった。真田はまだ澪を
抱きかかえ、だが同じように周辺にいる者を見回す。
周囲に、近づいてくるのは見慣れた顔ばかり――だが。
 やおら、2人は顔を見合わせた。
 ゆっくりとコスモガンを持ち上げると、蹄鉄を起こし、無表情のまま、
発射した。それぞれが、それぞれに。一瞬、恐怖の表情を残したまま、通信
士官の一人と、空港管制官ががっくりと倒れた。

「参謀――」四郎が驚愕するに
「安心しろ、麻酔銃だ――だが。目が覚めても楽しい夢は待っていない
だろうな」
冷たい声音でそう言い捨てると、「拘束しておけ!」と言い置きその場を
離れる。真田が解説してくれた。
「古代参謀はつけられたんだ。澪の所在がどうしてもわからなかったもの
だから――。内通者がいた。宙港の情報を送ったり、発着進の手助けをす
る、な」 冷静に――表情も変えず、古代守は彼を撃った。真田教官も。
……麻酔銃じゃなかったとしたら? それでも、娘を誘拐しようとした相手
なら、躊躇なく撃ったかもしれないと四郎は思った。
「以前から不審な動きはあったんだが、証拠がなくてな――」と真田。
スパイは極刑――。あの通信士官と航宙士官がどうなるか、それはわから
ない。だが澪の秘密を知った以上は、処分は軽くはないだろうと想像できた。
「ほかには、大丈夫なんですか?」と四郎。「――いや、この2人だけだ、今
のところ。今頃処理は終わっているだろう」と真田。ある化学研究財団の
仕業だろうという推測があった。
「なにせ、証拠がない。――さすがプロでな、そんなものは残していなかっ
たよ」と真田。

 「澪は、大丈夫ですか」四郎が尋ねるに
「自分が、それを引き込んでしまった結果になって、古代もショックだろうが。
今一緒にいるよ。十分にスキンシップを図れば、大丈夫さ」と真田。

 父親に会えた日が、怖い思いをした日に重なる――澪の背負っている重
い運命を考えれば、その危険は常にあるのだ――と改めて思い知る四郎。
普通、とはいいがたい環境ではあるが。できる限り――明るく、優しい日々
を送らせてあげたい。今さらながらに四郎は、古代守・澪父娘の幸せを祈り
できることはしよう、と思ったのであった。

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