air clip 月にかかる雲のように

・・on the Earth, 2203・・


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【08.月にかかる雲のように】


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:三日月小箱「少し甘い二十之御題」より No.8



 いつだったか。加藤三郎に訊いたことがある。
「お前、女に惚れた時って、どうしてたんだ?――」
学生時代、それなりに人気のあった加藤である。だけど、ついぞ長続きしたというのは聞いたことがなかったし、 幼馴染だかの婚約者フィアンセがいるという噂もあった。
 硬派で、男にも(下級生を中心に&いろんな意味で)慕われていたし、なんだかいつもワイワイと回りに人がいたから、 本当に“恋人”なんてもんがいたのかどうかは、かなり疑問だった――。

 謹厳実直・真面目優等生の自分――航海科志望の島大介と、運動能力天才・単純一直線の飛行機野郎――加藤三郎。 接点の無さそうな俺たちだが、実はけっこう意気が合い、 “仲が良かった”といってもよい間柄だったのは、ほとんどの連中が知らない。
 年齢も少し違ったから――とはいえ、ヤツとは輝ける“同期”だけどな。


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 親しくなったきっかけは、いつぞやの演習以来だった。
 よく組まされた俺と古代が、恐怖の行軍演習では別の班になり、古代のチームはリーダー・古代の副リーダー役に鶴見と相原が、 俺のチームは加藤をリーダーに俺が副というような立場で組まされた。 運ばれた地点から学校の寮まで。マップを頼りにひどい条件の中、隊を率いて帰還する。 戻ってきたもの勝ち――というサバイバルな実習。
 地下都市でそれを行なうのはかなりリスキーだった。
 実際にその危険に陥りそうになり、いくつものチームが事故寸前の目に遭い、怪我も挫折もあり―― ましてや放射能漏れやスラム化した地域もあった。やらせる側も決死の覚悟で、 行なわれたのはあの年一度だけ――皆、必死だったのだ。ヤマトが生まれた年である。


 その隊で一緒だった俺と加藤は、互いにこれまでの“仲の良い同期”から、 互いに“信頼できる相手”であることを確認した――古代はとうに知っていたようだったが、 加藤がそう思ってくれたことは、のちのちヤマトに乗艦してから生きることになった。


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 それで?
 どうなんだよ、ん? 俺はこの単純男――男からみればとてもイイ男なのだが、いまひとつ不器用そうな―― 親友の古代よりもむしろ女にかけては? なのではないかと思われる同期をつっついた。
 「だからよぉ…」加藤はぽりぽりと角刈の頭をかいた。
「だ〜っと行って、ばーー! だよ」
???
「だ〜〜、と行って、ばぁ!?」
あぁそうだよ。それっきゃねーだろ、と言ってそっぽを向く。こんなときは二つ年上だとはとても思えなかった。
 ぷふ、と島大介は吹いて、てめぇ、なんだよ。笑いやがったな、と凄まれたが、 妙にそれがかわいくてちっとも怖くなかった。


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 俺たちは専科の2年目に上がった頃で、ヤマト乗艦を控えた特別訓練に徴集されようとしていた。 バレンタインの頃だったかもしれない。
 「だってよぉ。好きな女が出来たら――こんな時代だろ? そうやって抱えておく、とかでもしなきゃ、 どうなるかわかるめ?」
 少し先の未来も見えない季節。恋愛も結婚も――年齢は下がっていたと聞く。 ただ訓練学校の中では……それどころではない、という空気が大半を占め、 刹那の恋に身を焦がすヤツがいないではなかったが、それは少数派。 俺も仲間たちもただ必死で地下都市の厚い地層の天井の下から、見えない宇宙を睨み上げていた季節。


 それからも加藤の周りは女の噂は絶えなかったが、長続きしたという話は聞いたことがない。 いつも仲間に囲まれていて、女だけでなく男にも慕っている奴らもいて、どれが本命なのかはわかりにくかった。
 あんまり日替わり、な様子なので同期のやつらが
「おい加藤。女はお前の性欲処理の道具じゃねーぞ」
とやっかみがてら言ったらしい。
 「仕方ねーじゃねぇかよ。向こうが来るし、勝手にいなくなるんだもん」
ヤツの答えはそうだった。
 自分で追っかけはしない。来るもの拒まず、去る者追わず――それは徹底していた。


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 月がきれいだ、と思って島大介はそれを見上げる。空気は冷たかったがその分澄んでおり、 眼前に広がる風景は地上に戻ってきた時の眼福である。


 三度の大戦を経て地球人類はそれ以前よりもこの惑星ほしに対し優しくなった。 一度は完璧に失われた自然を取り戻し、それと共存しなければ人というものは生きてゆけないのだと ――遥か宇宙の果てで俺たちは、そうして深い地の底で多くの人々はそう感じたからだ。
 復興に奢ったことへのツケはその後の悲惨な戦いで払わせられ、 俺の愛しい人の……大事な人たちの、慈愛の手に救われてきた地球の大気は、大戦前より澄んでいる。


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 「島。……なに見てんの?」
 カラリと戸が開いて、同僚の女が姿を現した。
「加藤のこと考えてた――」
 その恋人だったと言われている女に言う。


 あんなこと言っていたくせに、加藤は彼女にきっと手も触れていない。
 ヤマトで見ていても、特に二度目の旅の時は――どう見ても2人は思い合っていた。 ユキなんかに言わせれば、イスカンダルの帰路からすでにそうだったというが、それなら何故、 月での1年間、2人は一歩も進捗しなかったのだろう、と島は思う。
 「なぁに? 島。あたしの顔に、なんか付いてる?」
きょと、とした目で見返す様は、とても年上には思えない。小柄な所為もあるかもしれなかった。


 「月で、さ――君たち。ずっといたんだよなぁ…」
しみじみした調子でそう言うと、彼女はぷふと笑った。
「月見てCT隊って、島ってそれ単純すぎだよ」
そういわれれば、そうか。――月基地。艦載機隊の総本山。これは現在でもそうで、 まだ完全復興はならないとはいえ、急ピッチでその人材を含めたシステムは構築されている。
 「――いろいろ莫迦やったなぁ」
彼女がそう言うので、「そうなのか?」と訊くとこくりと頷く。
「だけど、月って。こうやって眺めるとキレイだね」当たり前のことを何を。
あのな。
 島は問いたくなった。――加藤は本当に何も言わなかったのか? それって。
“だ〜〜っと行って、ばー!!”じゃないじゃないか。加藤の大莫迦野郎。


 島とてわかっている。
 隊を率いる責任者だった。基本的に命のキケンの少ない航海班・航法部門と異なり、 飛び出せば半数は帰って来れないといわれる艦載機隊。 中でもヤマトのソレの生還率は極めて低い――飛行機乗りの間では常識だった。
 だから。
 言えなかったんだよな――お前。
 本気で好きになった女には。共に戦うだけで、精一杯だったんだろ? お前。


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 雲が少し出てきて、月にかかった。
 光が翳り、大気の温度が下がるような気がしたが、2人は並んで目を見開いた。 ――星の瞬きが拡がったのである。


 星が、隠されていた姿を現していた。その数――さあ、どれくらいだっただろう。
夜空は果てしなく、美しかった――。


 「島――」
ん? と彼は問い返す。
「加藤ってさ……こんなやつだったなと思ってさ」「どんな?」


 月にかかる雲のように。
 あたしたちが月だとするだろ? 古代が先頭走ってく。皆、追っかけるんだ――そうすると、 いつの間にか、いつも背中守ってくれる。ものの喩えだよ? 見えない場所、安心な場所に居て、 後ろから、包んでくれる感じなんだ。
 月の光は強いけど――雲も必要なんだなって。


 それで。
 いま、わかった――星を輝かせるにも必要なんだね。
月だけでなくて。月があることで隠れてるものがあるとすれば。あいつは自分でそれを知ってて、見せてやれるんだ。
 そういう男――。……莫迦だけど。
 ちょっと声が潤んでいるような気がしたので、横を見るのはやめにして、少し伸びをすると、 やっぱり島も並んで月を見た。雲に半分隠れた月も、それはそれできれいだった。


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 「おうい…」
 戸をトントンと叩く音と声がして、部屋の中からぬっとぼさぼさ頭が顔を出した。
「そんなとこでイチャついてっと、誰ぁれかさんが怒るぞ?」
軽い口調で明るい声が追う。
「――つまみ、用意できたからさ。飲も、飲も」
 この部屋の主である古代進が、焼酎瓶を抱えてグラスを2人に突き出す。 入って、部屋で飲むほうがいいだろ? と言いながらチラりとベランダから外を眺めた。
「なぁんだ。――せっかくの月が」
雲がかかったな、と古代が言って、島は答えた。
「――いや。雲がかかったから、いいんだよ」
な、と目を見合わせると、彼女もぷふ、と笑って、そうそう。と言った。
 なんだかわかんないぞ、なんか秘密っぽくてイヤらしいぞお前ら、と言いながら部屋へ降りて窓を閉める。


 部屋の中には仲間たちが三々五々集まっているのだった。
古代の官舎――たまたま地上勤務が合った連中が、月を肴に飲もうかということになって。
 また雲が流れたのかもしれない。
 鮮やかな月の光が、一筋、部屋の中に差し込んできた。


【Fin】


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――07 Feb, 2011

=あとがき #08=
 
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背景画像 by「La Bise」様

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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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